もっと高くと望んでいた場所へ来た
全く違う景色なのだろうとは思っていた
確かにこれは見上げるだけでは見られない景色だ
けれど今にも崩れそうな足場
雨風、雷に煽られる恐怖
見渡す限り誰もいない孤独
急に足が震え出した
自分が望んだ景色はもっと人で溢れていたはず
なぜ自分は今ここにいる?
足元を見てくらりと眩暈がした
重心がずれて体が傾く
自分は空へ投げ出された
ようやくこの恐怖から逃れられる
そう思うと自然と口角が上がった
地上へ着くにはまだ遠い
『高く高く』
内気で引っ込み思案
人の視線を感じると途端に縮こまってしまう
そんな子供だったから
街中で見かける子供みたいに
見るもの全てに目を輝かせて
大はしゃぎしてみたい
『子供のように』
私はチャイムと同時に教室を飛び出した。放課後にバイトがある時は、一旦家に帰って制服を着替えてから出勤しないといけないからだ。過去にバイト先のコンビニで高校生のトラブルがあったことからルールが追加されたのだ。高校のルールなら無視しちゃうところだが、あいにくコンビニの勤務ルールに独自に追加されてしまったから守るしかない。守らないと辞めなきゃで、他にバイト先を探すのも面倒くさいからだ。
本当はゆっくり歩いたところで間に合うし、余裕もある。でもあと五分で発車予定の電車に乗られると、スムーズに事が進むから急いでいるだけだ。
人が行き交う廊下を、その間を縫うように走る。リズムよく階段を降りて、あとは角を曲がれば昇降口、と言うところで私は壁にぶつかった。ぶつかった衝撃で後ろに倒れ、尻餅をついた。
「すみません! 急いでいたもので、ホントごめんなさい!」
ヒリヒリするお尻に耐えながら、頭を下げた。変に言っていざこざを生んで時間を食うよりは、頭を下げたほうがマシだ。謝ったのも先手必勝、早い者勝ちだと思ったから。
時間も迫っていて切羽詰まっていた私は早々に立ち上がろうとして、目の前に手が差し伸べられていることに気がついた。白くて細くて綺麗な手の指先には、長くてとんがったピンク色の爪が施されていた。
「だいじょーぶ? ケガなさそー?」
上から聞こえてきた声に恐る恐る顔を上げ、体が硬直した。同じクラスの田村さんだったからだ。田村さんはクラスの中でも派手な方であまり関わりがない。目力の強いアイメイクで、瞬きのたびにまつ毛がバサバサと音を立てそうなほど長い。
何か反応しないと、と思ったが言葉は何も出なかった。頷くことで精一杯である。
私が頷いて、田村さんはニコッと笑った。
「マジでよかったー! すんごいヤバい勢いできたからさー」
「てかぽよとぶつかってケガしないとかマジやばい」
「な。この前痴漢してきたジジイの指折ったんじゃなかったっけ?」
「え? ウチ、ジジイに背中押されたら逆にジジイが吹っ飛んだって聞いたんだけど」
田村さんは咳払いをした。田村さんの後ろでコソコソ話していた田村さんの友だちは、三人とも一斉に口を閉じた。というか田村さん今まで何してきたんだ。ジジイに対して防御力高すぎるんだけど。めちゃくちゃ気になるんだけど。
そんな私の気をよそに、田村さんは心配そうに声を掛けてきた。
「ていうか急いでたんじゃないの?」
「あ、あ! バイト! ヤバい遅刻!」
私は目の前の手を咄嗟に掴んだ。次の瞬間には上に引っ張り上げられて立っていた。
「バイトか、そりゃ遅刻ヤバいわー」
「バイトがんば」
「もしバ先でキモいジジイいたらぽよに頼むといいよ」
「何教えてんのバカ」
「ありがとうございます!」
「アンタも何受け入れてんのバカ」
あっけらかんとした雰囲気で話す友だちに田村さんが突っ込んだ。そして、田村さんは仕方なさそうに笑った。
「まぁ、なんかあったらウチに言って」
この時の笑顔の田村さんがいつまでも印象に残っている。これが私とぽよの出会いで、ここから私たちの交流が始まったのだ。
『放課後』
新生活ダンボールで窓覆う
明日には全部整えたい
『カーテン』
なんで泣いているかなんてその時は分からない
ただ気持ちの起伏を鎮めるために涙を流してる
あの時、なんで泣いたんだろう?
と泣き止んでから考えて
理由を後付けする時もあるけど
思い当たる節すら涙と一緒に流したから
やっぱり分からないんだよね
『涙の理由』