どんなに目を逸らしても
意識を他へ飛ばしても
脳内で豊富な想像力を発揮しても
手軽な世界に引きこもっても
現実からは逃げられない
『逃げられない』
ちゃんと笑えてたかな。おかしなこと言ってなかったかな。
さっき「また明日」と言って手を振った時、手を振り返してくれた。すごく嬉しくて心がじんわり温かくなって。でも同時に鼻の奥がツンとなって目が潤んでしまった。喜んだり泣いたりで、自分の感情の変化なのに、追いつかないくらい忙しい。
でもこれだけは確かなんだと噛み締めていることがある。
明日も「おはよう」と手を振って挨拶していいんだよね。
『また明日』
「わっ! ちょっと急に現れないでよ」
「ヒィ! いつの間に後ろにいたの!?」
「いつからそこにいたの? 全然気が付かなかった」
「気配消すのやめてもらえる!?」
「足音しないから突然現れた感覚なんだけど!」
幼い頃から言われてきた言葉。
本当に影が薄いらしい。でも透明人間じゃないんです。血の通った人間ですみません。
あれ、でもなんでトイレの個室で座ると、毎回電気消えるんだろう。
『透明』
少しでも触れたら崩れ落ちてしまう
勝手に与えられ積み上げた理想で
ジェンガしても許してほしいね
ふざけてないよ 大真面目
他人の理想より自分の理想を実現させたいもん
『理想のあなた』
それはあまりにも急な知らせだった。
全然構えていなかったから、とても驚いた。
よく思い返してみると、確かにその前兆(と言ってしまっては至極失礼に当たるかもしれない)があったと感じる。
以前のように機敏に動くことができなくなってきていた。どの動作もゆったりとしていて、一苦労していたのだろう。
深く考え込む場面も何度か遭遇した。ひたすら沈黙を貫き、脳の奥深いところまで考えが至っていたのかもしれない。
体調も崩しやすかった。急に猛烈な熱を上げてしまい、体力の消耗が激しかったのだろう。日中眠りに落ちてしまうことが度々起こった。休んでいるうちにまた元気が湧いてきたようだけど、不調に変わりはなかった。
だから衝撃はあったものの、どこか冷静に受け入れた自分がいた。
もう寿命なんだな。
目が覚めて体を起き上がらせ、布団を被ってボサボサ頭のまま、手の中のソレをジッと見つめていた。指先でなぞっても、押しても、コンセントに繋いでも、暗い画面のまま無反応のスマホを。
これでは、機種変更の申し込みも、データ移行も、何もできない。
スマホ片手に途方に暮れた朝六時ごろ(腹時計)の出来事である。
『突然の別れ』