朝から雨が降っている。マイナス二点。
病院へ行かなきゃいけない。マイナス三点。
診察予約がちょうど良いタイミングの番号で取れた。プラス二点。
身支度がスムーズに終わった。プラス二点。
駅に着いたらちょうど電車がやってきた。プラス二点。
隣のおじさんがマスクなしで咳き込んで鼻を啜ってる。マイナス二十点。
気分転換に本屋へ行く。プラス一点。
文房具コーナーで和歌が形どられた栞を発見。プラス二十点。
推し歌人、紀友則の和歌がある。プラス三百点。
お金が足りなくて全種類は買えなかった。マイナス百点。
ついでに読み進めているコミックを買う。プラス五点。
病院であまり待たずに診察終了。プラス五点。
薬局も待たなかった。プラス五点。
傘の持ち手の皮が剥がれる。マイナス五点。
新しい傘が欲しいけどお金が足らないので我慢する。変動なし。
大好きなカフェがリニューアルしてカウンター席が無くなる。マイナス十点。
ついでにメニューも変わってた。マイナス五点。
新メニューも美味しい。プラス十点。
ブラブラしながら帰路に着く。変動なし。
電車が遅延していた。マイナス五点。
買った栞をSNSに投稿した。プラス三十点。
家計簿をつけて現実を知る。マイナス百点。
欲しいものを洗い出して予想金額に白目を剥く。マイナス百点。
現実逃避でゲームを始める。プラス一点。
今日の点数、三十三点。
総評。
一日の気分の変動が大きいと、余計に疲れが溜まります。なるべくプラスを保ちましょう。
プラスのときのみお金が動いているのが気になります。お金は幸せになるための手段ではありません。乱用しないように気をつけましょう。
傘は穴が開いてないとはいえみすぼらしいのでいい加減買いましょう。
『今日の心模様』
いつから選択肢があって
その中に必ず正解があると言った
少なくとも俺は
その時正解だと思ったものを選んで間違えてきた
全部だ
全部間違えてきた
誰も最初から間違ってると思っても選ぶ
そんな賢い奴だらけの世の中じゃないんだよ!
『たとえ間違いだったとしても』
まだ草木が土の中で眠っている季節の話。
数年ぶりに京都へ旅行しに行った。一泊二日のおひとり様観光旅は、雨に降られながらスタートした。
翌朝、空気の冷たさに身震いしつつホテルの窓から外を覗いた。雲が厚くて暗い曇り空だ。予報ではお昼頃から晴れるらしい。私は手短に身支度をして、チェックアウトを済ませた。
早朝の目的地は嵐山だった。観光地として人気のスポットは季節関係なく人で混み合う。ゆっくり歩いて回るには朝から行動するしかない。その予想は的中して、午前中にもかかわらず観光客はまばらだった。その分、路面のお店は何一つ営業していないが、歩き回った後はちょうど開店しているに違いない。私はゆっくりと、それでいて写真を撮る人の間を縫って竹林を目指した。
景色を撮りながら往復して、大きな門の前で立ち止まった。グーグルマップを開けば天龍寺の北門らしいことがわかった。よく見れば北門からも中へ入場することができるようだ。私は早速門を潜った。
北門は天龍寺の庭園の裏側に位置する。手入れの行き届いた砂利道をゆっくり歩く。左右を見渡しても無駄のない、さっぱりとした庭である。桜が咲き誇る春も、深緑に覆われる夏も、至る所で見受けられる紅葉の秋も。人混みを避けた結果、庭園の花々はほとんど咲いていなかった。
見応えがあるかと言われると、あまりなかった。植物の名前が書かれた札の隣は、本当なら何か咲いていたのだろう。今は何もない。どんな色の花びらをつけて、どんな香りを漂わせる花なのか。想像しては虚しく思えてしまう。
意気消沈の中、唯一の希望と言わんばかりに花が咲いたところを見つけた。近寄って見れば黄色味を帯びた白い花びらが開きかけていた。見たことない花だ。隣の札を見れば蝋梅と書かれてあった。確かに柵に隔たれていて多少距離があるのに、ここまで梅の香りが漂ってくる。
その梅をまじまじと見ていると、あることに気がついた。昨日降った雨の水滴をまとっていたのだ。
今にも滴り落ちそうな雫は、少し明るくなった空からの光を受けて、キラキラと光っている。辺り一面を凝縮したかのように、雫にも小さな景色が映っていた。
--これが和歌の世界に登場する「白露」か!
普段の生活で植物に目を向けることがない私は、とても感動した。冬の京都は殺風景なだけじゃない。こんなにキラキラした白露を見ることができるのだ。
むしろたくさんの花々で庭園が彩られていたら、一つひとつに注目しなかった。だから白露の存在に気づくこともなかっただろう。
できるだけ腕を伸ばして、写真を撮る。咲きかけている梅の花と、景色を凝縮した白露が綺麗に収まった。諦めずに隅々まで見てよかった。
写真を眺めて満足した私は、先へと進むのだった。
『雫』
先に手放したのはあなたでしょう?
『何もいらない』
つい最近娘が結婚式を挙げた。入籍は昨年のうちに済ませていたけれど、式場の都合で挙式だけ年明けになったのだ。
純白のウエディングドレス姿は、今まで見てきた中で一番美しく、とても輝いていた。ついこの間までよちよち歩いていた気がするのに。
イヤイヤ期とか反抗期とか。こちらが精神的に参ってしまう出来事も多かった。でも入学式や卒業式、成人式などの節目を迎えるたび、嫌なことは全部吹き飛んでいった。毎回子どもの成長が嬉しくて泣いてしまうからだ。
「絶対振袖はピンク!俺の娘はピンクが似合うから。それで結婚式は絶対ドレス! このプリンセスラインってやつ! お色直しはもちろんピンクにしよう」
娘と一緒に昔から口酸っぱく言われてきた言葉。振袖を決める時も、ドレスを決める時も立ち合わせてもらえたのだが。色々着てみても結局あなたの言っていたとおりだった。
ハイハイした時、掴まり立ちした時、歩き出した時、初めて喋った時。幼い娘を二人で四苦八苦しながら育てていたはずなのに。あんなに幼い娘を通して、あの時のあなたは一体何を見ていたのだろう。
隣の席へ目を向けても、そこには誰もいない。
テーブルの上に置かれた写真立ての中で、あなたはただ微笑んでいるだけだった。
見せてあげたかった。
あの子の人生最大の幸せな姿を。
『もしも未来を見れるなら』