テーマ『ところにより雨』
目立たないように、打たれないように
息を潜めていたつもりだったのに、つい感情を出してしまった
教師に暴言を吐いた
小声だったのに、敏く聞かれてチクられた
クラスの皆の前で、公開処刑
自由に自分を貫く教師が、嫌いだった
生徒に規律を押し付けるくせに、型にはまらない担任が嫌いだった
今なら、それが羨ましさの裏返しだって分かる
けれどまだ子供だった私は、ただただ悔しくて仕方がなかった
「いつもいい子なんだから、たまには許してくれたっていいじゃない!」
他人だらけの社会で、それが通じない理屈なのは分かってる
けれどどうか、この甘えを許してほしい
私には、いい子の仮面を脱ぎ捨てられる「家」がなかった
ただ、悔しかった
自分らしくいられるあいつらに、私の苦しみなんて分かるわけがない
他人と喧嘩した後でも、教師に叱られたあとでも、
陰でへらへら笑えるあいつらに
崖っぷちで、海に落とされないよう息を殺す私の辛さが、分かってたまるか
これは、自分以外全員に対する「敵意」だ
誰も私を受け入れてくれない、誰も私を救ってくれない
家でも、学校でも
そして私自身ですら、当時の私にとっては敵だった
トイレに駆け込んだ
個室の中で、声を殺して泣いた
足元に、ポタポタと雫が落ちる
他の女子が入ってきた
バレない訳はなくても、泣き声を聞かれたくないと思った
教師に叱られた自分を、私はこれ以上ないほど、心のなかで罵った
言葉というより 全身の感覚として、私の存在を消してしまいたくなる
消えてしまえばいい 他人に否定される私なんか いらない
……本当に、そうだろうか?
たしかに私は、教師に向かって多少粗雑な言葉を言った
それが、羨ましさからくる嫉妬だということも認める
しかし暴言を吐くことも、嫉妬することも。そんなに悪いことだろうか
人間一人を消してまで、贖(あがな)わなければいけない罪だろうか
大人になった私なら。今ならば、言える
『辛かった。あのとき私は、誰にも理解されない闘いをしていた。そして勝ち抜いた。私が生きているから、勝ちだ』
誰にも分かってもらえない葛藤だった
胸の中で嵐を抑え込んで、息が詰まるほどの苦しみを味わった
心の拠り所がなかった
ありのままの感情を、静かに聞いてくれる人を見つけられなかった
私のために時間を使わせたら、申し訳ないと思った
私の中にある葛藤を誰かに打ち明けたら、鬱陶しがられると思った
他人を頼る方法が、分からなかった
学生の私は、誰よりも自分らしさを求めていた
しかし。自己の責任で通せるほどに、自分を信頼できなかった
自分が頼りなくて「どうせ叱られて、心が折れて終わる」と分かっていた
親がいて、生活の世話をしてくれる
教師がいて、勉強の手伝いをしてくれる
子供の頃の私は、自分と向き合う術を知らなかった
大人になった私の中にはまだ、暗闇でうずくまる子供の私がいる
寂しかった 孤独だった 見捨てられた
何度も何度も本心に蓋をして、見ないふりをして生きてきた
今ここで書いて、また一人
少女が独りで抱えていた、錆びついた感情が少し和らいだと思う
あれは失敗の記憶ではなく、孤独な闘いの記憶だったのだ
制服を着た少女を今、腕のなかで優しく抱きしめている
テーマ『特別な存在』
飼い主にあなたは見えないけれど
あなたには私が見えているのね
そんなに凝視しなくたって、私はそんなに長くないわ
さっさと立ち去りなさい
……初対面であまりじろじろ見るのは、失礼じゃなくって?
まったく、礼儀というものを知らないのかしら
──あら、まだいらしたの
ホント、物好きな人。いえ、ただの暇人かしら
そこまで私を読み解きたいなら、好きになさい
といっても、もう私の終わりは近いけれど
ふふ、ついにここまで来てしまったのね
短い作品を読むのは、そんなに楽しいかしら
けれど。数多の作品の中から私に目を留めたあなたは
なかなか、見る目があるようね
いいわ、今日のテーマは『特別な存在』だったわね
私にとっての特別を、教えてあげる
──産み落とされて間もない私を、見つけて、ここまで読んでくれた人
そう、あなたよ
全ての作品は、誰かに読まれて初めて価値を持つ
あなたは私に価値を与えてくれた
あなたは私にとって、間違いなく
特別な存在よ
私を見つけてくれて、ありがとう
テーマ『バカみたい』
言葉を重ねれば、人はなんでもわかり合えると思ってた
だって私は、こんなにも人の話を素直に聞いてるでしょ
そんな私にはきっと、みんな素直に言うことを聞いてくれると思ってた
「自分のされて嫌なことは、人にしてはいけません」
「自分が優しくすれば、相手も優しくしてくれます」
子供の私は、大人の言葉をそのままに受け取った
バカみたい
「自分がされて嫌なことが、相手も嫌とは限らない」
逆も然り
「他人に優しくする前に、まずは自分を満たしてあげましょう」
「優しい気持ちは、大切に思える人のためにこそ使いましょう」
狡い人に向けた優しさは、吸い取られるばかりで戻ってこない
優しさっていうのは、言うことを聞いてあげることじゃなかった
相手のことを観察して、自分なりに相手のことを考えてあげること
言うことを聞いてあげる優しさしか、子供の私は知らなかった
私には、たくさんのお父さんお母さんができた
本だったり、出会った人が、私の心に栄養を与えてくれた
栄養を与えてくれた彼らが、心のお父さんとお母さん
自分以外の人間が、私の心を代弁してくれるときがある
それでも最終的に、自分の心に気づけるのは自分だけなんだ
一つ一つを取捨選択して、そうして初めて自分の道になる
自分の人生を、自分が大切にしないなんて バカみたい
テーマ『二人ぼっち』
夕暮れの雨
一人傘さし 少年が行く
列なる蟻追い いつの間にやら離れ離れ
古びたバス停
雨漏りの屋根 うつむく眼(まなこ)
黄色い長靴、昨日母と買いに行った思い出
西の空
雲が散ぢれて茜差す
見上げる少年 足元には長い影
止んだ雨音 黒い自分と二人ぼっち
坊や 坊や 嬉し懐かし母の声
駆け出す少年 影なる自分も引き連れて
抱きつく温もり 重なる二つの影
みんな揃って うちへ帰ろ
テーマ『夢が醒める前に』
回れ右をして、左を向いたら叩かれる
自由に動いていい。ただし、この仕切りの範疇で
拭いきれない閉塞感で、生きることが嫌になってくる
他者の一歩が、自分の一歩と同じとは限らない
自分の一歩が、隣のやつの一歩と同じなわけがない
大人になってようやく分かり始めた
最初から、仕切りなんてなかったんだって
地面に描かれただけの白線を、馬鹿みたいに忠実に守ってたのは
他でもない自分だった
白線を踏んでみた。右足、左足も外に出した
地面には、他にもたくさんの白線が俺を取り囲んでる
けれど前を向けば、どこまでも続く広い世界があった
俺は一つの夢を描いた
白い線が縄になって、また俺を捕まえようとする
どこかから聞こえる『どうせ無理だ』の声
子供の頃から染み付いた「大人の言うことを聞きなさい」の魔法
ガクガク震える足を抑えつけ、俺は心惹かれる方へ駆け出した
周囲が言うみたいな、挫折する現実が待っていてもいい
失敗したときは、どうか心ゆくまで笑ってくれ
だけど今は、もう少しだけ足掻きたいんだ
例え夢物語に終わったとしても
次の現実を受け止めて、また新しい夢を描いてやる
今はもう、白線は見えない