「どうでもいい」が一番困ると彼は言った。
自分のことを好きか嫌いかハッキリ教えて欲しいと。
選択を迫られるのが一番困ると彼に返した。
好きか嫌いかで二分できる世界に生きてはいないと。
好き嫌いができるほど、神の暮らしは楽じゃない。
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好き嫌い
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所感:
敢えて選べと言われると世界が滅ぶけど、良い?
鋳物の街とか餃子の街なんて呼び名で、地場産業や特産品をアピールすることってよくあるじゃん?
故郷はお菓子の街だったって言われて、誰が本当にお菓子でできた街並みを想像するかって話だよ。
彼女の両親に挨拶すべく訪れたのは、地方の山奥の小さな盆地で、街全部が本物のお菓子だった。
黒いローブに大きな杖をついて現れた老婆を見ながら、僕は「あなた、ヘンゼルっていうの?いい名前ね」って褒められた、初対面の過去を何故か思い出していた。
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街
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所感:
あるあ…ないな。
やりたいことを紙に書き出していくと実現するとか、実現しやすくなるとかいうライフハックあるでしょ。
あれ。数年間ハマってたんですよね。
毎年お正月特有のやる気モードで、おろしたての手帳にずらっと百個、やりたいことをリストアップして。
実現すると色ペンでカラフルにマークアップしたり。
でも去年ちょっとした事が起きて、やめました。
ある日、夜中に妙な物音が聞こえてきて(空き巣…?)と思いつつそっと薄目を開けて部屋の様子を見たら、机の上で白い小人が輪になって踊ってたんです。
僕の手帳を囲んで、小さい声で何か歌ってる。
心霊現象とかあんま信じてない方でしたけど、なんか見ちゃいけないものを見てしまった気がして、ぎゅっと目を閉じて知らんふりしました。
気付いたらもう朝のアラームが鳴ってて。夢だったのかなとか思いながら机の上の手帳を改めてみたら、やりたいことリストのページが妙なことになってて。
リストの最後に、一行足されてたんです。
「殺す」って。
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やりたいこと
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所感:
誰だよ!誰がだよ!誰をだよ!
奇数月、2週目の金曜夜9時、マンション住民交流会。
最近はいろんな国から来られた方が暮らしているから、お互いの文化を理解しあってより円満なご近所付き合いをしたいですね、という管理人と住民組合両方の意向で去年から始まった。
ま、ミーティングってよりは飲み会。
組合費の予算で飲めるし、勿体無いので毎回出てる。
縁もたけなわ、「実は一周まわって夜明け前が一番テンションあがるんです」と隣室の吸血鬼がふと呟いた。
夜が活動時間ですよね?ときいてみたら「人間さんだって、毎朝『よーし朝だ!今日も一日頑張るぞ』って方ばかりじゃないですよね」と返された。
そうだよな、そこは個体差大きいわ。
「朝日の温もりはたまに懐かしいですけどね」
って、柿ピーを真っ赤なワインで流し込みながら、彼は苦笑いしてた。
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朝日の温もり
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所感:
むむむ。
分水嶺ではないの。
回帰不能点、point of no returnでもない。
ここは、ただの、分かれ道。
あなたの左手と右手に見えているどちらの景色を選んで進んで構わない。そこら辺でロバの背中でも撫でながら気が済むまで立ち止まっていても構わない。
もし歩いてる途中で気が変わったら、ここまで引き返して別の道に行くのだって、もちろん構わない。
でもね一つだけ忘れないで。
あなたが首に下げている砂時計に気をつけて。いくら振っても逆さにしても、その砂のこぼれる向きは変わらない。全部落ちたらそれでおしまい。
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岐路
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所感:
そんな言葉にたらし込まれて遥々引き返すあいだにすっかり季節は巡り、記憶にあった緑の丘は吹雪の荒れる雪原へと姿を変えていましたとさ。