膝を壊してから、全力では走れなくなった。
日ごろ杖や車椅子を使ってはいないけれど
電車は駆け込めないから来るまで待つし、
信号はたとえ目の前で点滅しても走らない。
ま、これも一種のスローライフと思えば。
ゴジラだとかウルトラマンだとか、怪獣の
出てくる映画を観たりしたときは少しだけ
「ああ、これは絶対逃げきれないや」と
本当に少しだけ、がっかりする。
がっかりした夜の次の朝にははたいてい、
ブンブン自由に空を飛ぶ夢で目が覚める。
夢だけは自由な自分に、一番がっかりする。
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ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
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所感:
逃げるように、じゃなくて逃げたいのに。
悪いことをしたら、ごめんねという。
そういうものだと教わった。
だから、悪いことをしでかしたときに
「ごめんね」と声をかけたのだけど。
「軽いよね。口先ばかり」となじられた。
とりあえず謝るのでは駄目らしい。
まだまだ人間は難しい。
人間らしく振る舞えなくてごめんね。
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「ごめんね」
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所感:
異星人だったりロボットだったりAIだったり。
半袖のシャツの釦を二つ開け夏に繰り出す放課後の君
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半袖
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所感:
たまには短歌
はいといいえ、簡潔な正答だけを選んで生きることに慣れきった一部の人間の精神はしだいに先鋭化し、彼らは地上の全てを二元化することに躍起になった。
曖昧な状態のまま物事を放置するのは許されない。
グレーゾーンなど一切存在してはならない。
中道とは思考を放棄した怠惰の言い換えだ。
最終的に彼らは世界も天国と地獄の二つに分けた。
善き人の住まうところはすなわち地上の楽園であり、そうでない者が居る場所は地獄であり、例外はないのだ。
国境をひき、延々と続く城壁を築き、鉄条網と電気柵で厳重に防護し、一つだけ連絡用の出入り口を付けた。
そこを塞ぐのは重々しい引き戸であった。
何ということもない。扉の裏表まで天国と地獄の所有に二分すると決めたものだから、開き扉では開け閉めのたび境界侵犯になると、もっともな指摘があったのだ。
どちら側の地に立っても城壁は同じように見える。
出入り口は立派な彫刻で飾られており、戸の上は両面に銘文が刻まれている。
この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。
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天国と地獄
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所感:
ダークサイドのメーテルリンク。
夜空の月には最早願いを託せない。
太古、私達の遠い遠い祖先が既に
月へ願いを告げたのだ。
「伸ばした指先さえ見えぬ真っ暗な
夜を生き延びるための光が欲しい」
その願いに応えて今も地上を照らす
月の優しさにこれ以上何を求める?
身勝手な望みは白い光を燻ませる。
卑小な欲はあの輝きに釣り合わぬ。
私達はただ祈るのみ。
美しい白銀の月光よ、永遠なれと。
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月に願いを
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所感:
我勝ちに飛んでくる80億の願いを聞くなんて
どれほどの慈悲深さと忍耐力かと。