【忘れたくても忘れられない】
今日も墓参りに行く。一日も忘れた事はない。墓誌は見たくない。彼女がいつの時代の人間かなんて知りたくもない。聞いているかも知れないが人間というのは都合のいいもので悪い事は忘れる。事実を目にして半世紀以上離れていたりしたらと思うとゾクリとする。そもそも、いつから先輩と過ごしていたのか。全く思い出せない。気が付いたらオカルト部員として。彼女の後輩として存在していた。不思議な夏の体験だった。あれは奴が引き起こした体験だと思い込んでいたがどうやら違うらしいという結果になった。トラウマのせいでろくに進んでいなかった調査だが奴以外にも超常現象を起こせる存在がいるという恐ろしい結果を見つけてしまい震えている。何者で何がしたいのか。さっぱり分からない。この世界は小説より奇なりでオカルティックですね。先輩…。
【やわらかな光】
助けてくれ。この暗闇から解放されたい。何処まで行っても暗闇、暗闇。これが幾日も続いている。気が狂いそうだ。もしかしたら、狂った結果がこれなのかも知れない。分からない。何も。部屋なのかも外なのかも分からないが眠たいという感覚があるだけ救いなのかも知れない。だから、暗闇で眠る。目覚めたら日常に戻っている。悪い夢だと言い聞かせて。だが、寝ても覚めても変わらない。助けてくれ。
【鋭い眼差し】
「ご機嫌よう」
背後から突然声が掛かる。気配も感じなかった。しかも、今の行動を見られたら不味いと道具を引っ込めて振り向く。
「こ、こんにちは」
うわ、マジかよ。巫女さんじゃんと冷や汗をかく。今やろうとしていたのは祠の破壊。理由はバズりたいから。ニコニコとしていた巫女さんの目が開く。口元だけが笑っている冷たくて鋭い眼差し。俺は数歩後ずさる。コツン。何かにぶつかった。そして、かなりの音を立てて崩壊した音がした。あ、これは…。
「祠、壊せてよかったですね。どんな末路を迎えるのか。楽しみにしていますよ」
背を向けた巫女さんに待ってと声を上げたかったが声が出ない。突然苦しくなってもがく。音だけは届いたのか最期に巫女さんは顔を向けて言った。
「お可愛そうに。ふふふっ」
この性悪巫女がっ!と声が出ずとも悪態をついたが俺という存在はナニカによって消されていくのだった。意識が闇に溶ける。もう戻れないと感覚で理解しながら何も出来ずに消えていくのだった。
【高く高く】
志は高く、成長をしよう。技術は高い方がいい。高く高く高く。でも、地べたを這う時期はある。それにそもそも高い位置にいないなんて事もざら。無理せず丁度いい高さにいよう。甘んじ過ぎるのもよくないけどゆったりするのも良いもの。高所恐怖症だっているんだ。高くある事を強制するなんてナンセンスさ。
【子供のように】
ビルの屋上から人々を見下ろす。頭上を気にする者はなく、暗闇に溶けている俺など誰も気にしない。家族連れ、イヤホンを付けて歩く若者、サラリーマン。様々な人間が成す光の世界。あそこにはもう戻れない。高校生の頃の忌々しきあの事件さえなければ。拳を握り締める。既に成人はしているものの時にトラウマを抱えた子供のままだと思い知らされる。元凶の黒百合、邪悪な黒椿。メカクレギザ歯の底知れぬ男に狡猾でおぞましい憑神。どいつもこいつもドス黒い悪だ。容赦なく人々を屠る。どうしようもない…そう、太刀打ち出来ないやもう復讐する事さえ出来ないという意味でもどうしようもない奴等。力が欲しい。奴等を一掃出来る力が。日々の鍛練を積む時間の間に犠牲者が増える。本当に本当にどうしようもない。無力さに腹を立てて歯軋りをする。
「やぁ、こんばんは」
嘲る声で分かる。憑神。何しに来た?
「別に通りすがりであって探してすらいないよ。でも、うちの復讐者君に接触したそうじゃないの。宜しくないねぇ。これ、お家のお話だから」
やはり、知っていたか。
「此方の出方うかがっても無駄。何もしやしない。水溜まりで溺れるアリごときに気なんか配らないさ」
挑発に乗るな。コイツはそういう奴だ。
「堪えてても武器に手が掛かってる。堪えきれてないねぇ。言っておくけどこれは傲慢が故の煽りじゃない。本当に余裕があるからこうしてる。殺すなら殺してるさ」
事実。俺が奴に勝てるビジョンは見えない。
「まぁ、せいぜい復讐者同士で好き勝手するといい。俺だって好きに生きさせてもらう。己が血族に寄生しているだけの憑神が生きてるだなんて笑わせるという面白味もない言葉は受け付けてないよ。さて、お仕事の時間だ。ちょっと抜けてる宿主がまたろくでもない同級生に金を貸したそうな。お人好しだね。そんなお人好しだけを生かして俺を殺す。出来るかねぇ此方側の知識を囓った程度のお子様が。足掻くだけ足掻くといいさ。じゃあね」
振り向く事などなかったが気配が一瞬にして消えた事でここには俺しかいないと理解出来る。そう、奴の宿主は何の罪もない大学生。それを殺すなんて出来ないという甘さを見抜かれているし、接触した彼もそれを望んではいない。もっと非情になれればいいんだろうが奴等の様に心を捨てた外道になどなりたくはない。それが甘いという事なのだろう。深くため息をつく。あぁ、実に無力だ。