野菜の苗に水をやる。
肥料なんて知らないし、雑草なんてほったらかし。
でもこの言葉があれば大丈夫!
「愛情込めて育ててるから。」
これさえあれば、何か覚える必要もない。
枯れたとしても、誰も文句を言えない。
「まさに魔法の言葉だね。」
マリアは温度を確かめるように、おそるおそるお湯に手を入れた。
「ウーン、ちょっと熱い。こういうとき日本語ではナンテ言うんだったかな…そう!微熱デス!」
思いがけない答えに真弓はクスりと笑い、マリアに続き温泉に入る。
「微熱って!ワードチョイスおもしろ。うん、ぬるくはないけど、熱すぎもしなくてちょうどいい。いい湯。」
真弓の答えに、マリアは不服な表情を見せた。
「エ。微熱ってちょっと熱いの意味デショ?違うの。」
「物には使わないよ。大抵は人相手に使うことが多いかな。風邪引いたけど微熱だった、みたいに使う。」
「フウン。じゃあ、ちょっと確かめさせて。」
そうしてマリアはおもむろに、真弓の頬を両手で挟んだ。
「ななななな何するのマリア!」
「ンー?真弓が微熱かどうか確かめてるの。温泉入ってるから、ほっぺも温かいね。これが微熱、ってヤツ?」
「いや知らないし…」
突然頬に手を添えられ綺麗な目で見つめられる衝撃に、真弓は顔が熱くなるのを感じた。
「アレー?さっきより熱くなった。これは微熱間違いなしダネ!」
「もうそれでいいから手を離してぇ…」
微熱どころではない熱を感じながら、真弓はマリアをからかったことを後悔するのだった。
在宅勤務が基本となってから、日中出歩くことが減った。
仕事中も部屋のカーテンは閉め、窓側の皮膚だけ焼けるのを防ぐ。
そうして終業以降、太陽の暖かさが無くなった後に出歩くのだ。
「うん、風が気持ちいい。」
日の入り頃に散歩に出て、月が出てから帰る。
本当に数年前まで太陽の下で活動していたのだろうか。
「今の時代に神話を作るなら、月を最高神にするね。太陽神は人々に熱を与えすぎる悪神で、月の神がそれをコントロールするんだ。」
帰宅する車のライトに照らされながら、私は呟く。