肌に合わなくなったものは、いっそ仕舞い込んでしまうこと。そういう手段はいつも必要だ。もしかしたら、もう二度と袖を通さないものがあるかもしれない。もしかしたら、その中で穴を開けられて、密かに息を引き取るかもしれない。そういういろんなしがらみに、目を逸らすように、蓋を閉めること。たぶん、そういう手段が必要だ。
優しい眠りについているなら、目を覚まさないでいてほしいな。暗い夜はたぶん淋しくて、ときには優しいと思うから、君のための太陽が昇ってこないようにって何度も祈った。
魔法を使えるわけじゃないし、奇跡を起こせるわけでもないし、世界は君のためだけにはないから、夜はいつも朝を連れてきてしまう。少しでも眠っていたい、って思うなら、帰りたいって思うなら、それを知っているなら、せめて…、せめて、声が枯れるまで。
一つに手を付けることを恐れて、できるだけ深い部分には触れないようにやってきたけれど、結局手を付けなかった選択だけが手元に積み重なっていて、頼りない感触が足元を覆った。一人で、二人で、ここからどうやって歩くんだろう。道標通りに往けないのに。
はじまってしまえば、いつか終わらせないといけない盤面に乗ってしまう。きっとなんでもできたのに。可能性を捨てていくのが怖くて、なにも掬わないままの日々を、眠れない、っていいながら眠ったみたいに過ごすことを、はじめて今何年になったんだろう。
たとえば、どうせ意味なんてないんだし…、俯いている間にいつも始まっていて、手に取り損ねてしまうけれど、大切だと思ったものの終わりくらいは、顔を上げて見届けられるといい、かな。
全く別の人同士が、全く同じ気持ちで寄り添いあうなんて、そもそも無理な話だったんだよ。口にしてきた分かってるっていう言葉は、辞書を開いて読んだばかりみたいな意味なんだから、仕方なかったんだ。開かれない辞書よりは有意義だった。それだけを受け入れていくしかないんじゃないかな。
何千年の歴史ある建造物とかだって、人に晒されて数週で朽ちていったりするでしょう。一人同士で生きられる人たちしか、多分本当には一緒に居られないんだろうな。って。
渇望を真実味とあんまり混ぜたらいけないよ。お腹が空いていたら何でも美味しくなるのと一緒なんだから。紙面が擦れる音はやけに耳に障る。辞書でも一緒なんだからね。いつか一人になれるって、最後の1ページ分、信じておくからね。
愛というのはもっと、尊くて、清らかで、美しいものではなかったのか。こんな自ら望んで身を切るような無味の苦しみを、取り憑かれたように追い求めるものだったか。陽炎の揺らるような暮れの中、蔵の中はひたりと冷えるような感覚があった。こころのそういう部分に踏み込んだような感触が。
理性を縛る理性があるのだ、と、ここにきてはじめて気が付いた。手探りで真暗な闇をいくときの、夏のい草の香りが生易しく。苦しみ続けることに美徳を見出してしまう愚かさを、こんなものを、愛と呼びたくなどはなかった。
それは精神的潔癖だろうか。モラルも一種人間的本能であるらしい。欠けてなどいない。いないといったら、いないのだ。こんな真夏の外れの場所は、たしかに此処から帰れるだろう。それでも、忘れたくても忘れられない。忘れたいとも思えない。