ハッピーエンド
自分にとってのハッピーエンドはなんだろうか
映画が好きだからよく鑑賞する
映画では主人公のクライマックス、つまり人生の佳境を迎えるところで物語は終わりまさに理想のハッピーエンドがそこにあるわけだ
しかし、現実にはそこで終わらずその後も人生は続いていく
だんだんと時間が過ぎていき、やがては老いていく、そして死を迎える
このエンディングは決して避けられないし全員が通る道
ただ、この通り道に差し掛かった時に他の誰でもない自分自身が胸を張って人生を生きてきたと思えればそれでハッピーエンドなんじゃないかと思う
見つめられると
人の視線を感じると緊張して動悸がバクバクと鼓動を打ち始める
症状が悪化してくると自分のコントロールが効かなくなり手足や声が震えてくる
対面で話していると相手の目つきが気になって仕方ない、そして自分がどんなふうに相手に映っているのかどうしても気にしすぎてしまう
相手の視線が怖い、いつもそんなふうに感じてしまう
でも中には自分を暖かく見つめてくれる人がいるかもしれない
そういった目で見てくれている人を探そうと思った
不安というのは期待が大きい分、反比例して増大するそうです
My heart
Hey!! My heart
Do you like emotion??
I like happy!
realy? Oh...very nice!
.....これが限界
中学、高校と勉強してきてこの程度ですよ、、
でも英語て日本語と違って主語がはっきりしてるよね
逆に日本語は意味が曖昧にできるし語感ていう概念もあるから漠然とすることが多い、
それに漢字もカタカナもあるし複雑かも
まぁそこが日本語の奥深いところかもね
ないものねだり
コミュニケーション上手になりたい
身体が大きくなりたい
肌を綺麗にしたい
歯並びが綺麗になりたい
歌を上手に歌いたい
緊張や不安をあまり感じない人になりたい
ないものねだりをしたら枚挙にいとまがないね
妥協点を見つけ少しでもできることを増やしたい
好きじゃないのに
いつもつまらなそうに遠くを眺めている
ついその人の視線の先を私も追ってしまう
いつも淡々と話し、顔の表情が固い
たまに笑った時はすごくいい笑顔をしている
その笑顔に私もつい頬が緩む
気づけばその人を目で追ってしまっている自分を自覚した
『好きじゃないのに』
もう、この気持ちにこんな言い訳なんて出来ないかもしれない