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4/5/2026, 10:34:46 AM

星空の下で


 ただ一つ、忘れられない思い出がある。
歳をとって亡き母の享年を超えつつある今、最近よく思い出す出来事だ。
それは今の40年連れ添った夫ではなく、別の男性とのこと。
若い時の淡いそれは、恋と言っていいのかわからないくらいのほんの僅かな時間だった。

キスをしたわけでもない、ただそっと一瞬手を繋いだだけの出来事。
それでも私は僅かなそれがとても嬉しくて、そして戸惑った。
彼とは特に付き合っていたわけではなかったから。

今では孫までいるが、それは何故か忘れられなかった。

今から30年以上前、私は工場で働いていた。
町工場の大きくはない工場で、毎日必死に働いた。
偶然にも同じ名前の女の子も働いていて、たまに遊んだりもした。
でも兄弟が多かった私は工場だけじゃなく、駅前の喫茶店も掛け持ちしていたからそう多くは遊べなかった。

実は、夫とはその喫茶店で出会った。
自慢じゃないが、若い時の夫は喫茶店に朝から女子高生が多く寄って行くほどイケメンだった。
今じゃ見る影もないのでしょうけど。
喫茶店のメインはコーヒーと軽食セットで500円。軽食はサンドイッチ、ホットサンドやトーストも選べて、サラリーマンや学生たちに人気の店だった。駅前だったこともあって朝早くから開店していたから、工場よりも喫茶店の方が大変だった。
でもマスターがいい人で、とても働くのが楽しかった。

そんな生活も2年経ったころ、工場に一人の男の子が入ってきた。私よりも2つ年下で、出稼ぎにきている子だった。
明るい子ではなかったけれど、一生懸命早く仕事を覚えようとして毎日頑張っていた。
私は先輩としてその子のサポートをしつつ、工場と喫茶店、両方の仕事を続けていた。

その年の年末。
工場の人たちで忘年会に行くことになった。
私は喫茶店の仕事があったが、マスターが折角だから、と忘年会に行かせてくれた。
場所は工場最寄りの駅から少し離れた焼肉屋さん。
炭火焼きのお店で飲み物の種類も豊富だから、おじさまたちが大喜び。
私は匂いがついてもいいような服で行った。
後輩の男の子も来ていて、新人だから案の定絡まれていた。
その子の方を気にしつつ、先に来ていた例の同じ名前の女の子、愛子ちゃんの隣に座った。
「遅れてごめん。あの子大丈夫?」
「あの子?、、ああ、後輩くん?絡まれてるけど本人今のところ楽しそうだから大丈夫だよ。様子見て、やばそうになったら助けてあげよ」
「そうだね。」
「そうそう、まずは楽しもう」

工場長の乾杯の掛け声と共に始まった忘年会はとても楽しかった。

お腹も気分も脹れ切ったころ、そろそろお開きの時間になり、駅までみんなで歩いて行くことになった。
私は後輩くんが心配で、みんなより後ろの方で彼と歩いていた。

「今日は楽しかった?」
「はい。みなさん面白くて、とても楽しかったです」
「ほんとう?なら良かった。工場長たち、結構絡み酒だから、楽しかったならなによりだよ」
「はい」

そんな会話をしながら二人並んで歩いていた。
「あの。」
「ん?何?」
「今日は、星が結構綺麗に見えますよ」
「、、、ほんとうだ。冬だから、綺麗に見えるのかも」

夜空を見上げてそう言った時。そっと。手を握られた。
一瞬のことで、私はすぐに気づかなかった。
顔を下ろして彼を見ると、顔が真っ赤で。
その時初めて私は手を握られていることに気づいた。

「愛子さん」

今まで私を苗字か先輩としか呼んでこなかった子が、初めて私の名前を呼んだ。

前を向いたまま、顔を赤くして。
私は、なにも言えなかった。
ただ、その手を振り解くことが出来なかった。
なぜか、嫌じゃなかった。
二人して手を繋いだまま、無言で歩いた。

やがて駅に着いて、手を解かれた。
離れていく体温が寂しかった。
すると彼は徐に口を開いた。

「実は僕、東京へ引っ越すんです。夢を叶えるために。
だから、工場はもうすぐ辞めます」

「、、、そうなんだ。」

「はい。」

さっきとは打って変わって、力強い目をしていた。

「わかった。工場長にはもう話したの?」

「明日話します。」

「そっか。頑張ってね。」

「はい。」

手を繋いだことなんてなかったように彼は淡々とそう言った。
さっきのは幻覚だったのかと見間違うくらいに何事もなく振る舞った彼に私は何も言わなかった。

きっとここで何か言っていたら、未来は変わっていたのかもしれない。
そう思うほど、きっとここは私の人生にとって分岐点だった。

でもこの選択が間違っていたわけではないと思う。
30年以上連れ添う伴侶ができ、子どもだけではなく孫にも恵まれた。
これ以上、望むものはもう何もない。
ただ、一つ思い出してしまうのは、あの時の彼のこと。

恋愛感情なんて大層なものはもう持っていないけれど。

どうか。

それでも、あの時の彼が無事に夢を叶えていますようにと願ってしまう。

あの星空の下で輝いていた彼の瞳は、今でも思い出すくらい、眩しかった。

4/5/2026, 12:26:59 AM

「それでいい。」

二次創作/BL/五悠


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 日が差し込んで部屋が暖かい。
二度寝したい気持ちをぐっと抑えて起き上がる。
時間は 朝の7時ちょうど。
体温で心地良くなっている布団から出ると、まだ少し冷える空気に肌が鳥肌たった。
隣にいる愛しい人はまだ夢の中だ。
そーっと起こさないようにベッドルームを出た。
洗面所に向かいながら、今日はどう過ごそうか考える。
何せ、二人揃って久しぶりの休みだ。

自分用の甘い歯磨き粉をつけて歯を磨き、次は肌を整える。
愛しい人にはいつでもかっこいいところを見せたいから。
情けないところも見せまくってしまっているが、やっぱり男たるもの、好きな子にはかっこいい自分でいたい。

肌ケアを終え、髪まで整えるとキッチンへ向かった。
うちのキッチンは愛しい人こだわりの部分。
アイランド式でオーブンは大きめ。水栓はタッチレスのスタイリッシュかつ使いやすいもの。家電は機能性重視。背の高い僕でも使いやすいように、換気扇は通常よりも高め。
お陰で普通の人よりも身長がある僕でも使いやすい。

今日は朝ごはん何にしようかな。
パンがいいな。カフェオレを淹れてゆっくり食べよう。
二人とも朝からでもよく食べる方だから、サラダもつけようか。
スープもいいな。

色々考えながらテキパキ準備を進めていく。
最近お気に入りのチョコが入ったモチモチのパン。
パンは後で食べる直前に温めよう。
サラダはシンプルにレタスとトマトで。
洗い物が少なくなるようにワンプレートにしよう。
あ、ヨーグルトがそろそろやばいな。カップのままでいいか。
カフェオレは確か、牛乳で割るタイプが冷蔵庫にあったはず。二人とも苦いのは苦手だから牛乳たっぷりのカフェオレだ。割合は原液2割、牛乳8割で、愛しい人はいつも「コレ、カフェオレっていうかほぼ牛乳だよね、」と言うがいつも美味しそうに飲んでくれる。
原液がなくなりそうになるといつも買い足してくれているところがかわいい。

洗濯が溜まっているから、それが終わったら何をしよう。
今日は本当に天気が良いから、散歩でもいい。
最近できたカフェが桜スイーツを出しているからそこに行ってみてもいいな。

春は好きだ。愛しい人の優しい色が街に溢れて、嫌な仕事のときでもその色が目に入ると気分が上がる。


愛しい人のかわいいところを思い出しつつ、あらかた朝ごはんの準備が終わった。
そろそろ眠り姫を迎えにいかないと。

ベットルームに着くと愛しい人はまだスヤスヤと寝ている。
近づく前にカーテンをそっと開ける。
あまり音を立てないように開けたつもりだったが、シャッと鳴ってしまった。
その音に愛しい人は少しだけ身じろぎをした。
そっと近づいて、この世で一等愛しい人の名前を呼ぶ。

「ゆうじ。起きて。朝ごはん食べよう。」

こんな声が自分に出せたのかと思うくらいの甘い声が出た。学生時代の自分が見れば、舌を出しそうだなと思いつつ、仕方ないとも思う。だってかわいい。この上なく。
桜色の髪の色も。今は目蓋の下に隠れてる蜂蜜色の目の色も、すこしよだれを垂らしている寝顔も何もかも。

こんもりとなった布団の上から抱きつく。
あったかい。生きてる。かわいい。愛しい。大好き。

このまま過ごしたいけど、心を鬼にしてもう一度声をかける。

「ゆーうーじ。ゆじ。おーきーて。朝ごはんできてるよ」

「、、ん。ん〜〜。」

布団の中でモゾモゾしてる。かわいい。そろそろかな。

「ゆーうじ!ゆーじのさとるくんがきましたよ〜!
朝ごはんたーべよ!」

抱きついたまま起こすように左右に体を揺する。

「んん“〜〜、、、、。ぉあよ、、」

お、さすがに起きたみたい。

「うん。おはよ、悠仁。今日もかわいいね」

蜂蜜色が見えたのが嬉しくてちゅっと悠仁のほっぺにキスをした。
まだ悠仁はポヤポヤしてる。かわいい。
僕のゆうじ。かわいい。

ちゅ。ちゅっちゅっちゅ
愛しさが溢れて顔中にキスをする。

んふ。むずがってる悠仁かわいい。

「、ん。おはよ、さとるさん、良い匂いすんね。
朝ごはん作ってくれたん?」

起き上がった悠仁は僕に抱きついてグリグリと顔を押し付けながらそう言った。
胸が幸せできゅ〜っとしながら僕も悠仁を抱きしめる。
やっぱり布団越しよりも直接抱きしめるのが1番だな。
僕の腕にすっぽりシンデレラフィットだ。

「そうだよ。張り切って用意したから、一緒に食べよう」


「ん。」 


完全に目が覚めた悠仁と手を繋いで部屋を出た。

ああ、かわいい。大好き。今日もいい日になりそうだ。

さあ、今日はどうしようか。

10/28/2024, 3:32:15 AM

紅茶の香り  (相棒)/ドラマ軸



 カチャン。とカップをテーブルに置いた。

やけに響いたその音は、特命係の部屋がこんなにも広かったかと錯覚させるような大きさだった。

相棒、亀山薫が特命係を去ってから早一ヶ月。

時が過ぎるのは早い、とこの部屋の主、杉下右京は毎朝のルーティンをこなしながらもうここにはいない相棒を思い出していた。

雨が降り始め、梅雨に入ろうかという時期でした。
初めて会ったとき、君はまだ捜査一課から移動してきたばかりで、暴走しがちな、青い正義感を持つ人でした。

君とは何度もぶつかり、時に助け、助けられ。
君の真っ直ぐ過ぎる正義は、僕にとって眩しかった。
でも、毎日を共に過ごしていく中で、とても良い信頼関係を築けていけた。
だから、君が本当にやりたいことがあり、その想いが強くなっていたのも強く感じていたのです。

そして君は、自分の進みたい道へ歩いていきました。

この紅茶の香りをかぎ、飲むたびに僕は君を思い出します。

それは何故なのか?

君が、美和子さんと共にプレゼントをしてくれたからですよ。

自分はお茶のことなんてよく分からないから、美和子と一緒に選びました。

と少し照れくさそうに笑いながら渡してくれた、大切な一品です。

僕はとても嬉しかったんですよ、亀山君。

貰ったその夜、花の里で、たまきさんに自慢するくらいに。


亀山君。君が今進む道は、とても困難な道でしょう。

でも君なら必ず叶えられると僕は信じています。

真っ直ぐなその心を忘れなければ、絶対に大丈夫です。

僕はいつも、この特命係の部屋から、君を応援していますよ。

では、またどこかで。

9/4/2024, 2:56:11 AM

些細なことでも




 トントントン、と包丁の叩く音に目が覚めた。

目覚めの腹を刺激する香りに、幸せな気持ちで起き上がる。
寝室から出てキッチンに向かうと、愛しい人の姿があった。
流れるような手さばきは、毎度のことながら綺麗だと思う。

ーまあ、僕にとってはいつでも可愛いいんだけど。


そんなことを思いながら足音を忍ばせて近づき、そっと腕をまわした。

「おはよう、悠仁。」

「おはよ、悟さん」

「うん。おはよ、ゆーじ。今日の朝ごはんなーに?」

自分でも驚くくらいに甘い声が出た。

「今日は和食!玉ねぎの味噌汁と、卵焼きと、しゃけとご飯!あ、あと昨日の小松菜のやつまだ残ってるからそれかな!
悟さん、今日久しぶりにお休みだろ?ゆっくり食べれるからパンじゃなくてご飯にしたの」
 
なんてことないように言われた言葉が、とても嬉しかった。
繁忙期で任務が多く、今日はひと月ぶりの丸一日オフの日。
きっと、任務続きでパンばかりだったから、と自分を気遣ってくれたのだろう。
健康的なメニューのラインナップに自分を思ってくれているのが分かって、まわした腕に力を込めた。
「うは、悟さん、危ねえって」
笑いながら、でも嫌がられていない声に、たまらなくなった。