最後の電車が役目を終え車庫に戻るとき
私も帰路に着く。
時計の短針はてっぺんに上っていた。
重くなった足をなんとか動かし、階段を登る。
一番端にあるかわいい我が家の扉を開け、明かりを着ける。
そこは本当に人が住んでいるのか疑うくらい生活感の無い部屋。
良く言えばモデルルームのような部屋だ。
家へ帰ったら絶対に座らないことにしている。
座ったら体が重りのようになり、立てなくなってしまう。
フラフラになりながらスーツを掛け、風呂場へ直行する。
この季節だと服を脱ぎたくなくなる。
冷えた浴室を温めて自分も温かい雨を浴びる。
身体包む雨。
それは心地よく疲れをとってくれる。
柔らかい雨。
柔らかい雨 2024.11.7
好きだとはもう言えない
愛してるとも言えない
いくら言葉を掛けても返事をくれない
聴いてもくれない
小さな箱に小さくなって入ってしまったあなた
記憶の中だけで生き続けるあなた
もう聴けないあなたの『I Love you.』
もう言えない私の『Me too.』
愛言葉
力を込めて押さえる。
力を込めて折る。
力を込めて押し込む。
力を込めて動かす。
力を込めて掘る。
力を込めて被せる。
最後の力を込めてキレイにする。
何も無かったかのように。
これで前へ進める。
あの日のように。
アイツのいない未来へ。
『力を込めて』
1通のLINEが入った。
今すぐ開きたいが、開けたくもない。
それを開けば自分の家庭が壊れる。
いや、壊れるだけじゃない。おしまいだ。
こういうときに限って通知がメッセージの内容じゃなく、『新しいメッセージです』になる。
ふざけんな。こっちは内容が知りたいんだ。
LINEを開く前に検索エンジンをかける。
子供 認知
認知 家族に知られる?
不倫 子供 慰謝料 平均
ダメだ。いい答えが出ない。
やはりあのLINEを見るしかない。
覚悟を決めて開く。
「あれ?これ、どうしたの?」
「それ?○○に似合いそうなのがあったから買った
いつも頑張ってくれてるから」
「なにそれ~、でも嬉しい ありがとう♪︎」
これで妻にはバレない。
「おめぇは空気読めねぇのか!あ゛ぁ!
空気読めねぇのに息吸ってんじゃねぇよ!!ボケが!」
「…すいません」
上司に怒られた。
私は全く悪くない。
頼まれていた資料を渡しただけ。
私は悪くない。
上司が浮気相手にお別れメールを受けたタイミングで
資料を渡しだけ。
私は悪くない。
私は悪くない。なのに怒られた。悪くないのに。
私は資料を渡しだけで、怒られる必要性は全くない。
悪いとすれば上司の浮気相手が悪い。
こんなときにメールするのが悪い。
そもそも浮気するのが悪い。
身の丈に合わないことをするからこんなことになるんだ。
キーボードを打ちながら考えていると打つ力が強くなる。
キーが壊れそうになる。
私は怒っている。上司に。あんなやつに。
あーー、あんなやついなくなればいいのに。
涼しい風が頬を撫でる。丑三つ時。
私は歩道橋に立っている。
下に目をやると、人が倒れている。
頭らしき所に赤い水溜まりが出来ている。
その人呻き声をあげながら立とうとしている。
私は階段を降り近づく。
私の気配に気づいたその人は顔を上げた。
その人の顔はみるみる歪み、嗚咽を吐いた。
「ゆし…ゆるして…すまない…すまなかっ…た」
あーなんて惨めなんだろうか。可哀想に。
楽にしてあげないと。
『次のニュースです。19日未明に○○区○○にて
歩道橋下で男性が血を流して倒れていると110番通報があり警察が現場に駆けつけると会社員男性(48)が頭から血を流して倒れておりその場で死亡が確認されました。警察関係者によると歩道橋から突き落とされ鈍器のようなもので頭を殴られたような痕があり殺人事件として捜査してます』