『元気かな』
元気かな。
そう考えてからふっと息を漏らして一人で笑った。
まるで遠くに引っ越した人を想うみたい。
相手は隣の部屋にいるというのに。
ただ、その心模様が気になっちゃうのはもう、仕方ないよなあ。
『元気ですか?』
試しにスマホに打ち込んで送信してみた。
パタパタと足音がして、ノックもせずに部屋のドアが開いた。
「え? 今の何? なんかあった?」
なんとなくだよ、と笑って見せたら、気が抜けたような顔をされた。
「なんだそれ。びっくりさせて。……まあ、元気だけど」
よかった。
それから、隣の部屋には帰らずに、すぐそばに来て座り込む。
それもすごくよかった。
『奇跡をもう一度』
僕はどうしようもなく運が悪かった。
何をしても努力以外のところで蹴つまずくようなことが続き、人生ずっといいところなしだった。
そんな僕に起きた一度目の奇跡は、君と想いを通じ合わせたことだ。これだけで他の不運なんてどうでもよくなるほど幸せだった。
二度目の奇跡は今願うよ。
永遠の眠りから目を覚ましてくれ。
頼むからもう一度。
奇跡をもう一度。
『ジャングルジム』
幼い頃、彼は公園のジャングルジムのてっぺんが好きでよく登っていた。するすると軽やかに登っていき、細い鉄の棒にしばらく腰掛けて遠くを見るのだ。
対して僕は臆病で、てっぺんまではいつも行けなかった。だけど彼の近くにいたくて、真ん中あたりまで登ってしっかりと柱を握りながら、平気なふりで希望に満ちた夢の話を聞いていた。
本当は、勇気がほしかった。
同じ景色が見たかったんだ。
「一緒にてっぺん取ろう。お前とならできる気がするんだ」
大人になった彼は相変わらず眩しかった。
差し伸べられた手を見つめて僕は目を細めた。
「僕もそう思う」
握った手のひらは熱くって、鉄の匂いがよみがえるようだった。
『上手くいかなくたっていい』
すべてが上手くいっていたのなら、今ここに私はいないし、出会えていなかった人がいる。
それは寂しいことだから。
これからだって上手くいかなくたっていい。
歩んだ道こそ光る。
『最初から決まってた』
吸い込まれそうな大きな瞳。
よく変わる表情。
クールに見えて秘めた情熱がある。
努力家だけどそうと見せたがらない。
警戒心が強いのに一度気を許すととことん優しい。
俺と目が合うとはにかんだように笑う。
君に恋に落ちることなんて。
最初から決まってた。