【大地に寝転び雲が流れる…目を閉じると
浮かんできたのはどんなお話?】
いつもより早めに仕事を終え、抜けるような青空の下、流れていく雲の行方を見つめながら、ふと思い出した。そういえば、今日は年に1度のお祭りじゃないか。ここ数年、コロナ禍で中止になったり大幅に規模を縮小していた、我が街の祭り。今年はようやく、コロナ前と同じかそれ以上の盛り上がりをみせている。
雨、降らなくてよかったなぁ。
街の中心では、多くの見物客が集まる中、地元の子どもたちやブラスバンドによるパレードが行われているころだ。今回はスペシャルゲストも登場すると聞いているから、相当な盛り上がりを見せているだろう。
幼いころ、小児喘息を患っていた私は祭りを見に行きたくても行くことができなかった。初めて目の当たりにしたのは、今から数年前のこと。街の人々が1年に1度、この日のために心血を注ぐ姿に圧倒された。
祭りが終わり、明日からまたいつもの日常が始まる。空には、いつしか雲が多くなってきた。明日からは、しばらく天気が崩れるそうだ。今日、ゆっくりと雲の流れを眺めることができてよかった。
明日もまた、良い日でありますように。
【「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて】
あれは、高校1年生のとき。
日直だった僕は日誌を書き終え、担任だった先生に提出した。いつもなら「あぁ、ご苦労さん」で終わるのに、その日は日誌に目を通した先生が僕を呼びとめた。
「お前、ホント文章書くのが好きだよなぁ」
それは、感心しているというよりも半ば呆れたような口ぶりだった。
「いえ、特別好きというわけではありませんが…なぜですか?」
「お前が提出する行事ごとの感想文も日直のときの日誌も、やたら細かい字で枠内いっぱいに書いてくるじゃんか。他のやつはだいたい2、3行で片付けてるっていうのに。だから、こいつは書くことが好きなんだなぁって思ったんだが」
そのとき初めて、先生が僕に対して抱いている印象を知た。でも僕は、それを真っ向から否定した。
「それは、学校教育の弊害によるものです」
「弊害?」
「僕が通っていた小中学校では、テストの答案は「質より量」だと教えられました。たとえ正解がわからなくても、何かしら関連することを書いておけば部分点がもらえると言われて、それで…」
「なるほど、わかったよ。でもな、たとえそれが理由だったとしても、文章を書くことを嫌ってたらあれほどは書けないと思うんだ。実際、いつ読んでもお前の文章って面白いし」
自分の書いた文章が面白いなんて言われたのは、あの時が初めてだった。その後、僕は何となくその気になって自分なりの文章を書き続け、何となく送った文芸賞に入賞し、先生以外の人にも「この文章、面白いね」と言われる機会が少し増えた。
先生のあの一言がなかったら、僕は今も文章を書き続けることなどなかったし、自分の文章を多くの人に読んでもらうことなどなかったと思う。
先生、僕の文章の最初の読者は間違いなくあなたです。あのとき、僕を「書く」方へと導いてくださって本当にありがとうございました。
【優しくしないで】
トオルと暮らし始めてもうすぐ3ヶ月。たまたま参加した飲み会で、共通の趣味がパズルだということで意気投合した。彼は漢字ナンクロ、私は数独(ナンバープレース)と好みのパズルは違ったが、「相手が好きなパズル雑誌を毎月発売日に買ってくる」のが同居してから暗黙のルールとなっていた。
今日は、私が好きな数独のパズル雑誌が発売される日。夕方、定時で帰宅したトオルが近所の本屋さんで買ってきた雑誌を手渡してくれた。
「はいっ、これ!」
「いつもありがとう、トオルく…ん?」
何だか違和感を感じる。
毎月買ってる雑誌、こんなデザインだっけ?
「何かいつもの雑誌と違うような…もしかしてだけど間違えてない?」
「あぁ、それいつもと違うやつ。いつも買ってくるのって超難問クラスだから、解けない問題多そうだったから変えてみた」
「『変えてみた』って、勝手なことしないでよ。あれ、気に入って毎月買ってるんだから」
「でも、解けない問題ばっかりより解ける問題が多い方が楽しいと思って」
「それはトオルくん個人の意見でしょ。私はすんごい難問を苦労して解こうとするのが好きなの。たとえ今は最後まで解けなくても、時間をかければ解ける日が来るかもしれないんだから」
些細な事だったのに、話しているうちにだんだん腹が立ってきてしまった。私のことなのに、どうしてこんなふうに決めつけられなきゃならないんだろう。
「これ以上、優しくしないで‼️」
そう言って、私は自分の部屋に篭ってしまった。
翌朝、彼は休日にもかかわらず私よりも早く起きて朝食の用意をしてくれていた。
「おはよう、トオルくん。昨日はごめんなさい」
「おはよう。オレの方こそ悪かったよ。勝手なことしてごめん。そうだよな、パズルでも何でもその人なりの楽しみ方ってものがあるもんな。雑誌、後でいつものやつに変えてくるよ」
「ううん、あれでいい。っていうか、あの雑誌がいい。トオルくんが私のことを思って買ってきてくれたんだもの。また新しい楽しみ方が見つかるかもしれないし、解いてみたいの」
「そっか。じゃ、今度オレの分を買ってもらうときも違うやつを選んでもらおうかな。でも…」
「でも、何?」
「これ以上、『易』しくしないで」
…あぁ、出題レベルを下げてほしくないのね。
はいはい。
【カラフル】
駅前にある喫茶店「カラフル」は、私が小学生のときから通うお店だ。共働きの両親は、いつも帰りが遅かった。だから、いつも学校が終わって真っ直ぐ向かったのは我が家ではなくこの場所だった。
「いらっしゃい、ユミちゃん!」
いつも笑顔で迎えてくれるのは、りーちゃんこと律子さんとみーさんこと稔さんご夫婦。自分の親よりかなり年上の2人に
「りーちゃん、みーさん、ただいま‼︎」
と挨拶するのが私の日課だった。
「カラフル」はいわゆる純喫茶の風情があり、わざわざ遠方から訪れるお客様もいるほど人気のお店だった。そこに、パステルカラーのランドセルを傍らに置いた子どもがカウンターに1人座っている。なかなか奇妙だと思われるのだが、常連客にはおなじみの光景だった。
いつも必ず出してくれるのは、バニラ・チョコ・ストロベリーの3色アイスだった。
「いっつも思うけど、いっぺんに3つもアイスを食べられるなんてすっごく贅沢なメニューだよね」
口の周りを3色のアイスで彩られたまま、りーちゃんにこう言うと意外な答えがかえってきた。
「これね、ユミちゃんが作ったメニューなのよ」
え? どういうこと?
頭の中がはてなマークで一杯になっている私に、
りーちゃんはこう続けた。
「それまでアイスクリームは単品で出していたんだけど、ご両親と一緒に来たあなたが『もっとたくさんアイス食べたい〜』って泣き出して。で、バニラアイスだけだったお皿にチョコとストロベリーのアイスをのせたら『うわぁ〜、カラフルだぁ〜』って大喜びしてくれて。それでこのメニューと今の店の名前が生まれたってわけ」
えぇっ⁉︎
お店の名前、最初からカラフルじゃなかったっけ?
「一番最初は「喫茶こーひー」。ひらがなの名前がいいかなってつけたんだけど、1ヶ月くらいでカラフルになったわね」
そりゃ、記憶に残ってないわけだ。でも、大切な店の名前をそんな出来事ひとつで変えてよかったの?
「変えるって言い出したのは、私じゃなくてみーさんよ。『ユミちゃんのあんな嬉しそうな顔を見てたら、そりゃ変えるしかないだろ』って」
みーさんの方を見ると、いつものように黙ってコーヒーを入れている。真剣な眼差しが一見怖そうだけど、ホントはとっても優しくて面白いおじさんだ。視線に気づいたのか、みーさんは私の方を向いてニッと笑ってくれた。
「ユミちゃんが大人になっても、カラフルはずっとカラフルだからね」
あの日、りーちゃんがそう言ってくれてから月日は流れ、いい歳になった私は今もカラフルに通い続けている。そして、「今日はコーヒー飲もうかな」と思いながらも、毎回あの3色アイスを頼んでしまうのだ。
【楽園】
幼い頃、じいちゃんが亡くなったときに「人は死んだら何処へ行くの?」とばあちゃんに聞いた。ばあちゃんは「人も虫も魚も鳥も、みぃ〜んなみんな『楽園』に行くのよ」と答えてくれた。長い間、それは『天国』のことだと勝手に理解していた。
ばあちゃんが亡くなる数日前。それまで眠っていることが多く、あまり言葉を発しなかったばあちゃんが
「おじいさん、ようやく『楽園』で会えますねぇ」
と、独り言のように呟いた。
そのとき、楽園は天国のことを指しているのではないことに気がついた。楽園は「愛するものが待っていてくれる場所」なのだ。
生きとし生けるものはみな、最期は愛するものが待つ場所へと旅立っていく。楽園で再び巡り会うその日まで、惜しみなく生きたいと思う。