この世界は「バランスを取る」という概念を持っていないらしい。
不幸なことがあれば同じだけ幸せなことも起きるのだとか、頑張れば成果は必ずついてくるだとか、泣いた分ひとにやさしくなれるのだとか。
正直もう聞き飽きたし、今更信じもしない。
不幸なことがあれば、更に不幸なことが起きる。
頑張ったところで報われない。
泣いたからって、何かが変わる訳でもない。
何だったら、泣くなうるせえと殴られる。
一方で「選ばれた人」もいる訳で。
生まれながらに金持ちで、努力せずとも何でもできて、世界が思い通りに回る人が確かにいるのだ。
この世界には。
人によって、この世界はころころ変わる。
選ばれた人にはどこまでも甘く、そうでない人にはとことんシビアだ。
そんな世界のことをどう好きになれというのか。
無理に決まっている。
だって、世界の方がこちらを嫌っているのだから。
「公平」って概念も、この世界は持ってはいない。
お題『この世界は』
「どうして」
母が呆然としながら窓の外を眺めている。
一月にあるまじき暖かな陽光が、母とリビングを照らしている。
暖房に頼らずとも、心地よい室温だ。
「どうして」
母は手にしていた豚バラ肉のパックを抱えつつ叫んだ。
「豚汁にしようと思っていたのに、何で今日はこんなに暖かいの!」
寒い日だからおいしいのに!
恨めしそうに空を睨む母を横目に、わたしはのんびりと緑茶を啜った。
「いつ食べてもうまいよ、母さんの豚汁」
お題『どうして』
気付かなければ、自覚しなければ、それはきっとずっと夢のまま。
進展はしない。
ただ後退もしない。
彼が気付くまでは。彼が自覚するまでは。
彼が彼女を見るときの視線の熱さ。
彼が彼女を語るときの声の甘さ。
少女漫画を読むことのない彼は、自分の変化に気付かない。
類友ばかりに囲まれている彼は、自覚する機会に恵まれない。
だから、わたしはまだ夢を見ていられる。
失恋という現実から逃げていられる。
彼がまだ夢の世界にいる間、わたしもまた夢を見ていられる。
お題『夢を見てたい』
ずっとこのままだろうと諦めている。
ずっとこのままだろうと覚悟している。
この先も一人きりのベッドで眠り、「おはよう」を言う相手のいないまま起きる。
与えられた仕事を粛々とこなして、「おかえり」の返事のない家に「ただいま」と呟いて帰る。
毎日それの繰り返し。
そして休みの日はただ泥のように眠るだけ。
それでいいのだろうと諦めている。
それしか望めないと覚悟している。
明日にも隕石がこの世界を滅ぼす、なんてことでもない限り、ずっとここままに違いない。
自分のことなのだ。
そのことだけは、分かっている。
お題『ずっとこのまま』
久し振りに美術鑑賞と洒落込んだ帰り道、にわか雨ならぬにわか雪に見舞われた。
粉雪がひらひらと天から降るなら風情もあろうが、爆弾低気圧に伴う横殴りの風が全てを台無しにした。
美術鑑賞後の気持ちのよい余韻を風雪が吹き飛ばしていく。
温まっていた胸の内まで冷やすように雪が全身を襲う。
勘弁してくれ。
雪に慣れていない民には、にわか雪すら辛すぎる。
せめて、これだけは。
胸元に忍ばせたお気に入りの絵画のポストカードを死守しつつ、駅への道を急いだ。
お題『寒さが身に染みて』