喪失感
祖父母は元気です。
私が生まれた家はまだあって両親と犬と猫とハムスターとインコが暮らしています。
私は若くて健康で毎朝の目覚めもスッキリです。
希望の職に就けたし順調にキャリアを積んでいます。
恋人とは来月結婚する予定です。
世界に一つだけ
世界に一つだけでは寂しいのでもう一つないかと探しに行った。なんだ100均にいっぱいあるじゃないか!たくさん買えて嬉しいようなちょっとがっかりしたような。
胸の鼓動
豪華な屋敷の奥にその部屋はあった。
ドアを開けると桃色と赤。生きた肉塊と血管でできた洞窟のような部屋だ。
「これは参加者たちの心臓の拡大複製じゃよ。動いているのはもう君のだけだがね。デスゲーム優勝おめでとう。」
杖で示された先には人間の頭ほどの巨大な心臓が硬く力強く拍動している。そのリズムは俺の心臓の動きと同期していて遅滞は感じられない。よく見ると部屋の内壁には動きを止めた同じような心臓がびっしりと埋め込まれている。
「君たちが危機に陥り鼓動が早くなったとき、そのスリルをわしに伝えるためのものだ。ゲーム観戦をより楽しむための仕組みだな。全員が死を確信した前半の山場では、動悸で部屋中が波打って凄かったぞ」
デスゲーム主催者の老人は心底嬉しそうな笑いをもらし、俺は憎しみで焼かれるような思いを飲み込んだ。
「なぜこんなゲームを催しているのか理由を教えてくれ、というのがお前の望みだったな。教えてもいいが大した話でもないぞ。
わしは現役時代、ちょっとした決定の加減によって大勢の人間が死ぬ仕事をしておった。その頃は人間の生死を数字でしか見ていなかったし、そのように感覚が麻痺していないとできない仕事だった。そのせいなのか、老いた今も近づいてくる自分の死に意味を見出せない。自分がやってきたことの重さにも、自分の死にも実感が持てないまま死にたくはない。その頃の感覚では数十人の死なんて誤差の範囲だったから、お前がなぜそのように怒っているのかもわしにはわからんのだ」
「じゃあお前がデスゲームに参加したらいいだろ!死の恐怖なんてみんなたっぷり味わって死んでいったからさあ!」
俺はボディガードの腕をかいくぐって老人に襲いかかろうとした。
老人はニヤリと笑い、手の中のスイッチを押した。
爆薬付きの首輪が爆発し、俺の首が宙を舞った。
角度の加減か怒りが天に届いたか、俺の首は老人の首元に飛び、頸動脈を噛み切った。
二人の動脈血がシャワーのように部屋を濡らした。
「ああやっぱり、わしが恐れていた通り、生も死も無意味……ただの現象に過ぎんのだよなあ」
そう言ってデスゲーム主催者は死んだ。
時を告げる
人魚の肉をまるまる一頭分食べたため強めの不老不死になってしまった。人類が滅亡し動植物が滅亡し空気から酸素がなくなっても死ねない。
気候変動しまくった地球は常時厚い雲に覆われ全てが凍りつき私も凍りついたまま暗闇の中で夢を見ている。
ときどき目覚めぎわに朝を告げる雄鶏の声の幻聴を聞く。
まだ暗い早朝に鶏の声で目覚めた農家の暮らしの記憶だ。その頃のなんでもないやり取りのなんでもなさを何億回も思い出している。数億年の記憶の中でも結局最後に思い出すのは子どもの頃のことなのか。
いつか地球が太陽に飲み込まれるとき私が聞くのは天使のラッパではなく高らかに鳴く雄鶏の声だろう。
道路に大きな貝殻が落ちていた。
円くて平たい帆立のような形の貝殻だが金属光沢を持っている。
拾い上げて日にかざすと薄い部分が七色に輝いた。
海も魚屋も近くにはない。誰かが落としていったのだろうか。
珍しいので撮影したり光を反射させて遊んでいると、道路の半分に落ちていた巨大な影がゆっくりと動き出した。空を見上げてそれが建物の影ではなかったことを知る。
巨大な蛇。ヨルムンガンドだ。
海から出現したと数日前に海外ニュースで見たけれど、来日していたとは知らなかった。
高層ビルより太さのある豊かな胴を優雅にくねらせて軌道エレベータを登っていく。その鱗は日光を反射して「貝殻」と同じ色に輝いた。
昨今の宇宙開発ブームに乗ってヨルムンガンドも宇宙進出するつもりなのか。
広くなった人間世界に合わせて世界蛇も成長するつもりなのかもしれない。