胸の鼓動
豪華な屋敷の奥にその部屋はあった。
ドアを開けると桃色と赤。生きた肉塊と血管でできた洞窟のような部屋だ。
「これは参加者たちの心臓の拡大複製じゃよ。動いているのはもう君のだけだがね。デスゲーム優勝おめでとう。」
杖で示された先には人間の頭ほどの巨大な心臓が硬く力強く拍動している。そのリズムは俺の心臓の動きと同期していて遅滞は感じられない。よく見ると部屋の内壁には動きを止めた同じような心臓がびっしりと埋め込まれている。
「君たちが危機に陥り鼓動が早くなったとき、そのスリルをわしに伝えるためのものだ。ゲーム観戦をより楽しむための仕組みだな。全員が死を確信した前半の山場では、動悸で部屋中が波打って凄かったぞ」
デスゲーム主催者の老人は心底嬉しそうな笑いをもらし、俺は憎しみで焼かれるような思いを飲み込んだ。
「なぜこんなゲームを催しているのか理由を教えてくれ、というのがお前の望みだったな。教えてもいいが大した話でもないぞ。
わしは現役時代、ちょっとした決定の加減によって大勢の人間が死ぬ仕事をしておった。その頃は人間の生死を数字でしか見ていなかったし、そのように感覚が麻痺していないとできない仕事だった。そのせいなのか、老いた今も近づいてくる自分の死に意味を見出せない。自分がやってきたことの重さにも、自分の死にも実感が持てないまま死にたくはない。その頃の感覚では数十人の死なんて誤差の範囲だったから、お前がなぜそのように怒っているのかもわしにはわからんのだ」
「じゃあお前がデスゲームに参加したらいいだろ!死の恐怖なんてみんなたっぷり味わって死んでいったからさあ!」
俺はボディガードの腕をかいくぐって老人に襲いかかろうとした。
老人はニヤリと笑い、手の中のスイッチを押した。
爆薬付きの首輪が爆発し、俺の首が宙を舞った。
角度の加減か怒りが天に届いたか、俺の首は老人の首元に飛び、頸動脈を噛み切った。
二人の動脈血がシャワーのように部屋を濡らした。
「ああやっぱり、わしが恐れていた通り、生も死も無意味……ただの現象に過ぎんのだよなあ」
そう言ってデスゲーム主催者は死んだ。
9/9/2023, 7:48:55 AM