『大切なもの』
大切なものは何もなかった。
自分の人生に何の未練もなかった。
いつ終わってもいいとすら思っていた。
けれど、あなたと出会って初めて大切なものができた。
誰かと一緒にいることがこんなにも幸せで満たされることを初めて知った。
今まで自分が寂しかったことも、あなたに出会って初めて気がついた。
やっと生きたいと思えた。死にたくないと初めて思った。
それなのに、私に生きる意味を教えてくれたあなたはもういない。
一人で生きていけた私も、死を恐れなかった私ももういない。
死ぬのは怖い。生きたい。だけど、生きる意味はもうなくなってしまった。一人は寂しい。
あなたのところへ行きたいと心から願うのに、あなたの悲しい顔が思い浮かんで思いとどまってしまう。
絶望だけを抱えてあと何年私は生きるのだろう。
早く大切なあなたに会いたい。
『エイプリルフール』
※BL 両片思い 年下攻×年上受 ほぼセリフのみ
「きみのことが好きだ」
今日は四月一日。エイプリルフールだ。しかも時間は十一時五十九分。
「へえ、そうかよ」
「つまらないなぁ。少しくらいは焦るとか困ったふりするとかしてくれよ。友人から告白されたんだから」
「お前のこと友人だなんて思ったことないからな」
「うわ! ひどい! いくら嘘でも傷ついた!」
「嘘じゃねえよ」
ちょうど正午を知らせる鐘が鳴った。
「お前のことが好きだったからな、出会った時からずっと。こういう意味で」
「え……?」
腰を屈めてそっと唇を重ねる。
すぐに唇を離したが、友人とやらは口を開けたまま間抜けヅラを晒している。
「友人からいきなりキスされてんだから、焦るなり困るなりするのが作法なんじゃないのか?」
「だって、キス……って、なんで……」
「鐘は聴いたろ? オレのは嘘じゃないからな」
「それって」
「予防線張った意気地のねえことしてんじゃねえよ。ばーか」
「だって、僕は男だし、きみより年上だし……でももう、好きって言いたくて仕方なくて……」
「オレはお前が、そんなくだらねえこと気にする常識を持ち合わせていたことに驚いてるぜ」
「普通考えるだろ! す、好きな相手の幸せとかそういうことは!」
「お前の考えたオレの幸せってやつは? まさかその辺の女と結婚して家庭を持つだとかは言わねえよな?」
「……きみが女の子と結婚する姿は想像したけど無理だったし、家庭を持つなんて絶対無理だ。結婚した女の子が不幸になる」
「テメェ……」
「あはははは、つい本音が……じゃなかった」
「ったく。だったらなんで普通に告白してこねえんだよ」
「きみが家庭を持つのと同じくらい、僕がきみを幸せにする姿が想像できなくて……きみによく言われるように、その、僕はちょっと興味のあることに一直線で、あんまり常識とかない自覚もあるから」
言いながら、目の前の男はだんだんとしょぼくれて最後は俯いてしまった。
ったく、本当に仕方ねえ。いつもは無鉄砲を絵に描いたようなヤツなのに、オレのことになると途端に慎重を通り越して臆病になってしまう。
白い両頬に手を添えて優しく上を向かせる。そのままもう一度キスをしてから、引き寄せて抱きしめた。
「お前が隣にいる以上の幸せなんか、オレにはねえよ」
「……うん」
「で? さっきの言葉、エイプリルフールの嘘のままでいいのか?」
「きみが、きみのことが好きだ。ずっと、きみが好きだったんだ」
『幸せに』
僕がいなくなっても、どうかきみの人生が幸せでありますように。
自分の死を悟った瞬間、思い浮かんだ願いは、ただそれだけだった。
『なにげないふり』
※BL
日曜の十時。
朝と呼ぶにはもう遅く、昼と言うにはまだ少し早いこの時間、近所の喫茶店でモーニングタイムぎりぎりのモーニングを注文するのが、僕の毎週のルーティーンになりつつある。
特別コーヒーや食事が美味しいわけでもないが、コーヒーの料金だけで、ジャムの乗ったトースト一枚と茹で卵がつくから、まぁ悪くはない。
運ばれてきたコーヒーを一口飲む。
家でインスタンスコーヒーを淹れるよりは美味しい気がする。
いや、本当のことを言うと、僕はブラックコーヒーの味の良し悪しが分からない。正直に言うと好きじゃない。牛乳をたくさん入れて、砂糖もできたら入れたい。なんなら砂糖を多めに入れた方が美味しいとも思っている。
でも、ここではブラックコーヒーを飲む。
舌に残る苦味をジャムの甘さで緩和させていると、カランカランと来店を告げる古風なベルが鳴った。
僕の心臓が少し早まる。
「また来てるのか」
「そういう君こそ。おはよう」
あくびをしながら、入店してきた青年が僕の向かいに座る。会社の後輩だ。いつものスーツ姿と違って、ラフなカットソーにジーンズなのに、童顔がコンプレックスの僕より大人っぽく見える。彼が僕にはタメ口なせいもあって、二人でいると、良くて同い年、ひどいと僕の方が年下に見られてしまい、それだけはどうにかならないかなと密かに思っている。
「早く注文しないとモーニングの時間終わっちゃうよ」
「わーってる」
そうは言ったが、ほとんど常連になりつつあるので、ホールを切り盛りしている店主の奥さんは、いつものでいいですか? と一応聞きながらもすでに伝票にはオーダーを記入し始めていた。
「ああ」
「少しお待ちくださいね」
切り離した伝票をテーブルに置いて、奥さんはカウンターに向かった。
そこまで年のご夫婦でもなさそうだったが、この店は注文に使うタブレットやスマホなんてものはないし、店員さんを呼ぶ時も直接声をかけるしかない。支払いだって現金のみだ。
それが少し不便に思えるけど、でもなんとなく懐かしくて心地よさもある。
「お前も毎週毎週飽きないよな」
「毎週ここで僕に会う君だって、人のこと言えないだろう」
「日曜くらい朝メシ作りから解放されたいだけだ」
「僕も同じだよ」
そうしていると、すぐにコーヒーと食事が運ばれてくる。
湯気をたてるコーヒーを飲む君を見て、僕も一口コーヒーを飲んだ。やっぱり苦い。
なんで君はこんな苦いものが好きなんだろう。
君の好きなものを知りたくて頑張って飲んでいるけど、相変わらずその美味しさは分からない。
でも、君の好きなものをもっと知りたい。ただそれだけでここでは君と同じブラックコーヒーを飲み続ける。
何気ないふりをして、偶然を装って毎週ここに来てるけど、本当は君に会いにきているんだ。
『愛-恋=?』
※BLセリフのみ
「これ、解ける?」
「『愛-恋=?』はぁ?なんだこりゃ。雑誌の記事かよ、くだらねえ」
「まぁまぁそう言わずにつきあってよ。うーん、でも愛から恋を引くと何になるか、なんだろ。そもそも愛と恋の違いかー」
「性欲のあるなしじゃねえか」
「それってつまり、君は僕に恋してるってわけか」
「……お前もそうだろ」
「もちろん!でも、だからと言って愛がないってわけでもない気がするし」
「で、答えはなんて書いてあんだ」
「全然考える気ないな、君は。まったく……ええっと、大切な人のことを思い浮かべながら愛と恋について真剣に考えて出したあなたの答えが正解です、だって」
「ほら、くだらねえじゃねえか」
「うーん、もうちょっと明確な答えを書いててほしかった。でも僕は君に恋してるし、愛してる」
「そいつはどーも」
「そこは感激して僕にキスくらいしてくれてもいいと思うんだけど」
「キスしてほしいなら、素直にそう言えよ」