【お題:些細なことでも 20240903】
誰かを好きになる。
その感情は、誰かに教わることなく自分の中に芽吹く。
その時期は人によって様々で、早い人もいれば遅い人もいて、もしかすると生涯芽吹かない人も居るのかもしれない。
芽吹いた後の成長も人それぞれだ。
一気に成長する場合もあれば、ゆっくりとじわりじわりと成長する場合もある。
本人の気がつかないところで、密かに芽吹き成長していることだってある。
そして、花が咲く。
色も、形も、大きさも、匂いさえ、何一つ、誰ひとつ同じものなどない。
それは酷く美しく、そして酷く脆い花。
どんなに大事に育てていても、誰かに手折られることがある。
どんなに慈しみ大切にしていても、ふとした瞬間に枯れてしまうこともある。
そして、咲いた花が愛ではなく憎しみに変わることもある。
「なんて言うか、悲しいのとは違うんだよな」
「あー、わかる。強いて言うなら、虚しい?」
「それも何か違うような気がするけど⋯⋯」
「うーん、でもさ、ウチらがどうにかできる事でもないし」
「まぁ、そうなんだけど」
俺が大学を卒業し、社会人として働き出して今日で1年が経った。
就職と同時に実家を出ての一人暮らし。
初めは慣れなかった家事も、今ではそこそこ料理も作れるようになり、休みの日には手の込んだ料理に挑戦するほどになっている。
2歳離れた姉とは2ヶ月に1回のペースで会っている⋯⋯と言うよりも、姉が押しかけてきている、という方が正しいだろう。
仕事の都合で、2ヶ月に1回出張があるらしく、その時にうちに泊まって行く。
お陰で姉が泊まる時は、俺はソファで寝る羽目になる。
布団も一式しかないので、学生時代に先輩に貰った寝袋を使っている。
ただ、この寝袋はとても性能がよく、冬もこれ一つあれば十分に暖かく眠ることが出来る。
因みに姉は地元にいるが、実家を出て彼氏と同棲中だ。
そんな姉から聞かされたのは、両親のこと。
やっぱり、と思ったり、遂に、と思ったり。
「まぁ、良いんじゃない?」
「そうだな。母さんも普通に働いてるから生活には困らないだろうし、むしろ困るのは父さんの方か?」
「さぁ、どうだろう。まぁ、母さんは大丈夫よ。だって父さんより母さんの方が稼いでいるもの」
「え、マジで?」
「マジで」
新しい缶ビールをプシュッとあけて、喉を鳴らして飲む姿は立派なオジさんだ。
え、もちろん口に出して言うわけがない。
そんな事したら、ボコボコにされる未来しか見えない。
だって姉さんは、空手の有段者だからな。
「マンション買えるくらいの貯金はあるって言ってたし」
「父さんは⋯⋯、貯金なんてなさそうだよな」
「まぁね。休みの日ともなれば、パチンコか競馬だったし」
「あー、だな。父さんとの思い出なんて全然思い出せないぞ、俺」
「私もよ。でも母さん、よく今まで我慢したわ。私には無理だわ」
「そこはやっぱり愛情と言うか⋯⋯」
「そんなモノとっくの昔に消え去ってるわよ」
「え?」
自信満々に言い切った姉は、ぐぐぐっとビールを胃に流し込む。
昨日買い足しておいてよかった。
ビールが無くなると買いに行かされるからな。
春が来たとはいえ、夜の外はまだ寒いから行きたくないんだ。
「あんたは知らないか。父さん浮気してんのよ。もう、10年くらいになるんじゃない?あー、浮気って言うか、不倫か」
「えっ?」
「私が中3の時だったから、そんなもんね。母さん、興信所使って調べたのよ。まぁ、真っ黒だったわけだけど。でね、私、母さんに言ったのよ。私たちの事は気にせずに別れても良いんだよって。そしたら母さん、なんて言ったと思う?」
「⋯⋯⋯⋯わからん」
「今別れたら、父さんも浮気相手も幸せになるだけじゃない、って」
「⋯⋯え、でも」
「あんたの言いたい事はわかる。私もそう思ったから。嫌いなら別れれば良いのにってね」
「うん、普通そうだよな?」
「普通はね。でも母さんは普通じゃなかったのよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
普通じゃないって、どういうことだ?
「あんたにわかるかどうか、なんだけどさ。誰かを好きになると、ほんの些細なことでもその人に関係することなら、知りたくなったりするじゃない?同じようにちょっとした事が嬉しかったりしてさ、それが積もって愛情になるって言うか⋯⋯あー、言ってて恥ずかしくなってきた。んで、その反対。嫌いになると、どんな些細なことでも気になるし、嫌になる。そしてだんだんと嫌悪感が募っていく」
「あー、うん。何となくわかる。けどそれが?」
「好きと嫌いってさ、似てるのよ。ただ針がプラスに傾くかマイナスに傾くかの違いがあるだけで」
「そう、言われると、そんな気もするけど」
「あの頃の母さんはまだ、父さんの事が嫌いだったのよ」
「うん⋯⋯うん?」
『まだ、嫌い』って、どういう事だ?
嫌いだから別れるんじゃないのか?
あ、これは普通の場合か。
う、んんん?
「でも、どうでも良くなったのね、母さん」
「⋯⋯つまり?」
「好きの反対は嫌いじゃないのよ、恋愛の場合は。じゃぁ、問題ね」
「へっ?あ、うん」
「『愛してる』の反対は?」
「えーと⋯⋯」
愛していない、は違うな。
となると、憎しみ⋯か?
でも何か違う気がする。
強いて言うなら⋯⋯⋯⋯。
「無関心?」
「お、正解〜。まぁ、私の考えだけどね。母さん、父さんに対して憎しみすら無くなったのよ。だから別れる。もっと早く別れていれば別の道もあったかもしれないのにね」
「そう、だね」
「まっ、熟年離婚ってやつね。今流行りの」
「なんか嬉しくない流行りだな⋯⋯」
母さんの中に咲いていた愛情の花はすっかり枯れてしまったんだろう。
ただでさえ繊細な花なのに、栄養も水もあげずに、ただ咲いていろ、と言うのは無理がある。
俺は、愛した人の花を枯らさないよう、努力することを決心した。
ま、まだ相手はいないんだけどな。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 愛って難しい
【お題:心の灯火 20240902】
あなたがくれた心の灯火を
私は失うことなくこの先も生きていく
やがてあなたに会えた時
胸を張って伝えたいから
あなたがくれた灯火は
私が歩む道標として
時に明るく、時に頼りなく
ずっとこのでこぼこ道を
照らし続けてくれる
酷く疲れて一歩も歩けなくても
灯火は常にゆらゆらと揺らめいて
私が向かうべき方向を
静かに教えていてくれる
哀しみにのみこまれ
俯くことしかできず
右も左も上下も前後も分からない闇の中
自分を見失いそうになっても
灯火は静かに光り
優しい灯りで照らしてくれる
あなたは私に言いました
辛いなら逃げたって良いのだと
あなたは私にくれました
逃げるための勇気を
あなたがくれた言葉は
もう一度前を向く気持ちを
あなたがくれた勇気は
私に心のゆとりをくれた
いつかあなたに出逢えたら
私はあなたに伝えたい
『ありがとう』の5つの文字に
心からの感謝の気持ちを乗せて
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 難しいお題デスネ。
【お題:開けないLINE 20240901】
「これ、『あけない』と『ひらけない』どっちだと思う?」
「うーん?」
スマホの画面を君に向ける。
食後のまったり時間、夕飯を食べてお腹いっぱいの今、君は少し眠そうだ。
ソファに深く腰掛け、抱き心地で購入を決めたクッションを抱きしめて、テレビを見ているようで見ていない。
今日の夕飯は青椒肉絲だった。
この時期、ピーマンは安価で手に入る。
ピーマンを切りつつ、お米の話題になり『大変だよね』と呟いた僕に君は無言で頷く。
青椒肉絲なら玉子スープもないといけないと、謎のこだわりを見せた君は玉ねぎと人参も冷蔵庫から取り出して処理し始め、あっという間にスープを作ってしまった。
僕はと言うと、やっとピーマンの細切りを半分終わらせたところで、そんな僕を見て君はクスクスと笑う。
仕方がないだろう、君は料理が得意だけど、僕は初心者なんだから。
それにこのピーマンの量、多すぎじゃないかな?
僕がそう言うと君は、冷凍する分とピクルスにする分も切ってもらってると、涼しい顔で言う。
いや、すげえ時間かかってるし大変なんだけどって愚痴ると、何事も経験、そして練習って言う。
まぁ、サボりたがりの僕には君のようにちょっと厳しい人の方が良いんだろうな、とか思った。
ピーマンを切った後は、君に教えられながら人生初の青椒肉絲作り。
油が跳ねて少し火傷したけど、いい感じに出来た。
まぁ、味付けは君がやったから当然なんだけどね。
君の実家から送って貰っているお米が丁度いいタイミングで炊けて、茶碗によそってテーブルに並べる。
君の作った玉子スープに青椒肉絲、作り置きの金平牛蒡ともやしのナムル⋯⋯、あれ、今日のメニューって細長い物ばかりじゃないか?
なんて事を話しながら、楽しく美味しい時間を過ごした。
「はだけない」
「うん?はだけない?」
半分眠ってる君がボソリと呟いた。
「そう、はだけない」
君が言っていることの意味がわからず、僕はスマホで検索する。
『はだけない』
すると、『開けない』と書いて『はだけない』とも読むらしい。
日本語って難しいな、とつくづく思う、でも。
「いや、『はだけないLINE』はさすがにおかしいだろ」
「うぅん⋯⋯」
あらら、君は片足どころか両足、いや首元くらいまでどっぷりと夢の世界にいるみたいですね。
「寝るの?寝るならベッドに運ぼうか?」
「ううん⋯⋯」
「うわっ、ちょっ⋯⋯」
寝ぼけた君が僕に抱きついてきて、そのままソファに押し倒された。
僕の胸元で規則正しい寝息を立てる君の髪を撫でる。
サラサラと指の隙間から落ちる感触が楽しくて、しばらく君の髪を弄ぶ。
こんな時間がこれから先も続きますように、そう願わずにはいられない。
「もう、どっちでもいいか」
『あけない』でも『ひらけない』でも。
そう言った矢先、スマホからメッセージの着信音が聞こえた。
「あ、ヤバ⋯⋯」
手を伸ばしてみたけど、スマホには到底届かず、かと言って動けば君を起こしてしまいそうで。
「⋯⋯⋯⋯うん、気が付かなかった事にしよう」
その後も何度か送られてくるメッセージの着信音を僕は聞かなかったことにする。
この時間にこの頻度で送られてくるメッセージはあの人からの厄介事だ。
これが『開けないLINE』か、と一人納得する。
『ひらけない』と『あけない』、どちらも正解となるのが日本語の面白いところだな。
僕は僕の腕の中ですぅすぅと寝ている君と一緒に、夢の世界へ旅立つことにした。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) で、実際はどっち?
【お題:不完全な僕 20240831】
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 溜まっていく⋯⋯。
【お題:香水 20240830】【20240903up】
当時付き合っていた彼女の二十歳の誕生日プレゼント。
8歳も年下の女性に何を贈るのが良いかと悩んでいた俺に、同僚が教えてくれた店。
会社から駅に向かう通りの1本裏、小さな飲食店やオフィスが並んだ一角に、周りとは異なる雰囲気の建物がポツンと建っていた。
ポツンとという表現が正しいのかどうか、と言う所だが、少なくとも俺にはそう見えた。
周囲が無機質なコンクリートで作られた建物だらけの中、その店は木造だった。
ビルの1棟1棟が隙間なく建てられている都心の一等地で、ヨーロッパ調のオシャレなフェンスで囲まれた敷地には広い庭が設けられ、背の高い木々が生い茂り、色とりどりの季節の花が咲き乱れていた。
まるでそこだけ、違う世界であるかのようなそんな雰囲気。
開け放たれた敷地の入口には、小さく『魔女の隠れ家』と書かれた木の看板が下げられて、敷地の入口から建物まではおおよそ10mほどあり、足元は石畳が敷かれ歩きやすくなっている。
石畳でないところは、植物達の楽園と言っても良いほど様々な植物が植えられていた。
あまり見た事のない花もあり、少し興味を惹かれたが、目的のものを入手することを優先した。
建物に近づくと窓越しに店の中が見えてくる。
キラキラとした小さな瓶が並べられた棚と、それとは対照的に装飾など一切ない茶色の便が並んだ棚が見える、カウンターのような机と、その中で瓶を磨いている人物が一人。
「いらっしゃいませ」
日が落ち始めた店内には、柔らかい暖色系のあかりが灯されている。
少し鈍いドアベルの音が響く店内に足を踏み入れると、何とも言えない感覚に陥った。
「あの⋯⋯プレゼントを考えているんですが」
「かしこまりました。当店のご利用は初めてでございますね?」
「はい」
「では、ご説明いたしますので、どうぞこちらへ」
年の頃は自分と同じか、少し年上くらいだろうか。
白いシャツに黒のスラックスという出で立ちの男は 、カウンターの1席に座るよう勧めてきた。
俺は言われるがまま、椅子に腰を下ろし周囲を観察する。
壁一面に色とりどりの小さな瓶が並べられている。
同じものが1つとしてないのは一点物なのか、単純に在庫は並べていないだけなのか。
「では、ご説明いたします」
「はい、よろしくお願いします」
同僚に簡単に説明はされたが、ここは店の人からきちんと聞くのが筋だろう。
「当店『魔女の隠れ家』では、『香り』と『封じ物』の販売をしております。『香り』はお客様のご要望などから調香したものを、『封じ物』はあちらからお客様がお選びになられたものを販売いたします。尚、当店で購入した『封じ物』をお持ちいただければ、『香り』のみの販売も可能となっております。また、ご購入いただいた『封じ物』が不要となられた場合には、購入時の8割程の金額で『封じ物』の買取もしております」
「『香り』と『封じ物』⋯⋯」
つまりは、香水と香水瓶って事か。
「ここまでで何かご質問はございますでしょうか?」
「あ、いいえ、大丈夫です」
「はい。では、価格のご説明をいたします。『香り』に関しましては、基本はこのくらいになります。ただし、調合に使ったもの、それから量によって前後いたしますのでご了承ください」
「わかりました」
意外と安いと思ってしまった。
大量生産されている香水とは違い、フルオーダーなのだからもっとすると思ったのだが。
「次に『封じ物』ですが、右手側の棚に並んでいるものは全てアンティークものです。こちらに関してはお値段は色々、とだけ言っておきます。反対側は現代のものになります。こちらは比較的お求めやすい価格帯となっております」
「説明ありがとうございます。それで、どうすればいいんでしょうか?先に『封じ物』を決めた方が?」
「はい、その方がスムーズかと」
「わかりました」
俺はまずアンティークの棚に向かった。
様々な色や大きさ、デザインに目移りしてしまう。
「プレゼントをされるお相手は女性でしょうか?」
「あ、はい。二十歳の誕生日プレゼントにと思いまして」
「妹さんでしょうか?」
「あー、いや、彼女です」
「えっ、マジで!羨まっ⋯⋯」
「ん?」
「あっ、ヤバ、っと、えーと、もっ、申し訳ありません、つい⋯」
先程までの営業の仮面はどこへやったのか、慌てふためき冷や汗までかいている。
どんな相手だとしても客は客だから、それなりの言葉遣いをしなければならないのだろうが⋯⋯。
「あー、そのままがいいな、とか言ったら困ります?俺も出来れば、気楽に話したいなぁと思って」
「あ、いや、全然大丈夫だけど」
「じゃ、そう言うことで。色々聞いても?」
「どうぞ」
「助かる。20歳ぐらいの子にオススメなのはどれ?」
「アンティークなら、この辺のがいいかな。ただ、扱いが難しいのもあるし、価格もそれなりにするけど」
「どれくらい?」
「これだと⋯」
結局、現代物の『封じ物』にした。
薔薇の花をあしらった瓶で容量は少し多め、同じデザインのネックレス型とセットという所に惹かれた。
『香り』は彼女の好みとイメージで少し甘めの花の香りを調香してもらった。
彼が調香したものを俺が確認して、イメージ通りの香りに調整していく。
その工程は、何か魔法の薬でも作っているかのようで、この年にして随分とワクワクさせられた。
「じゃぁココは黒瀬さんのおばあさんが始めたのか」
「そう。ご先祖さまが集めた香水瓶をただ置いておくのは勿体無いって言ってさ。でもまぁ、アンティークものはなかなか売れないね、高いから。時々コレクターの人が来て買っていくけど」
「へぇ。調香の技術はどこで?学校とか?」
「俺はばあちゃんから教わったよ」
「へぇ」
調香も終わって、プレゼントをラッピングしてもらい、今はおしゃべりの時間だ。
外はすっかり暗くなり、店もそろそろ閉店という時間だろう。
俺はカウンターで黒瀬さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、この不思議な時間を過ごしている。
「俺が23の時に店継いで、ばあちゃんは今どっかでのんびりしてる」
「じゃぁ店を継いで5年か」
「そ。俺、小さい頃からこの店が好きで入り浸っていて、ばあちゃんから色々教わってたけど、継ぐってなったらやっぱり色々足りなくて」
「うん」
「学校っていう方法もあったんだろうけど、それってばあちゃんから教わったことが上書きされるみたいな気がしてさ。で、高校卒業してからばあちゃんにみっちり扱いてもらって、5年で何とか一人前になれたって感じかな」
「凄いな、5年もか」
「いやぁ、まぁ、だいぶ頑張ったよ、俺。ばあちゃんと同じくらいになるまではって思ってたんだけど、今でもばあちゃんには追いつける気がしないんだよな」
黒瀬さんはすごいと思う。
目標を立て、それをクリアするための道を一歩一歩、確実に歩いて来たからこそ、今の黒瀬さんがあるんだ。
「はぁ、凄いな。職人って感じがする」
「照れるなぁ。ところで、近藤さんはどこで彼女さんと知り合ったの?」
「えっ?」
「近藤さん、俺と同じくらいの歳だよね?28とかじゃない?」
「あ、うん。そうだけど」
「ほら、俺達タメだ。この年で二十歳の子とお付き合いとか、普通に生活してたらまず無理じゃん。だから、ね、教えてください!」
「あ〜⋯⋯」
結局その日は夜遅くまで話し込み、店というか、店の2階の黒瀬さんの家に泊まった。
出会って数時間の人の家に泊まるとか正気かと思うけど、時間とか関係なく、黒瀬さんとはあっという間に打ち解けた。
そして特に用事がなくても、会社帰りに『魔女の隠れ家』に寄るようになり、終末には店を閉めたあと飲みに行くようになった。
「はぁ?別れたってマジで?」
「嘘言ってどうなる」
「いや、そうだけど」
俺が初めて『魔女の隠れ家』を訪れて3ヶ月が経とうとしていた。
黒瀬さん⋯いや、黒瀬との週末の飲み会は恒例となり、今日は黒瀬の家での宅飲みだ。
で、とりあえず腹を満たし、一息ついたところで俺は黒瀬に彼女と別れたことを切り出した。
まぁ、ここ1ヶ月半ほど、金曜の夜から土曜の昼、長い時は日曜の昼まで一緒にいたのだから気がついても良い様な気はするが、気が付かないのが黒瀬クオリティってやつだ。
「理由聞いても良いか?」
「あー、うん。プレゼントがダメだったらしいぞ」
「え、プレゼントって、うちの香水?」
「黒瀬の店の香水がじゃなくて『香水』がダメだったらしい」
今飲んでいるのは梅酒のロック。
梅の香りが強くそれでいてサラリとした喉越しの美味しい梅酒だ。
会社の同僚に勧められ、半年前にポチッたのが、今週の火曜日にようやく届いたのだ。
これは絶対に飲むべきだと思って、今日出社時に鞄に入れてきた。
まぁ、通勤時は重かったが、それもまた、楽しみの一つってやつだ。
「らしいって言うのは何でだ?」
「直接本人から言われたわけじゃないから、だな」
「詳しく聞いても大丈夫か?」
「あぁ、問題ない。っても何から話せばいいのか⋯⋯」
早い話が、俺も彼女も無理をしていたって事なんだろうな。
知り合ったきっかけは暇つぶしに始めたゲームで、お互いに年齢なんか知らなくて、まぁ、何となく話しやすいかな程度のものだった。
そのうちゲーム内だけじゃなくプライベートでも連絡を取り合うようになって、向こうから告白され、お試しで、という事で付き合い始めた。
俺としては年齢も離れていることもあって、色々と勉強したりして頑張ってはいたんだけど、なかなか難しいというのが感想だな。
自分はそんなに歳をとった気はないのに、行動も趣味も知識も知恵もきちんと時間を過ごし蓄積されたものがあって、そしてそれを持たない彼女のことを、新鮮にも、懐かしくも、子供にも思ってしまう事が多かった。
けれど、お試しとはいえ付き合っているのだから、相手に対してそういう気持ちを抱けるよう努力は必要だと思ってはいたけれど、中々どうして難しい。
手を繋いだり、腕を組んだりするのは問題ないが、その先はキスまでで、どうしてもそれ以上する気にはなれなかった。
彼女がそういう事を望んでいるのはわかっていたし、傍から見れば彼女はとても魅力的な女性でもあった。
けれど、それまで同年代の女性としか付き合ったことのなかった俺にとって、彼女に魅力を感じる事が出来ず、どちらかと言えば年の離れた妹や親戚の子供のような感覚でしか無かった。
そして、彼女の二十歳の誕生日、俺は正直な気持ちを彼女に伝えようと決心した。
少しだけ高級な店を予約して、彼女の生まれた年のワインと『魔女の隠れ家』で買った香水をプレゼントした。
その場でプレゼントを開けた彼女は、一瞬だけ顔を曇らせたように思った。
そして、食後に話をしようと思ったのだが、直ぐに帰らなければならなくなったと、挨拶もそこそこに彼女はタクシーに乗り込んだ。
彼女の乗ったタクシーを見送り、俺は一先ずメッセージを送った。
近いうちにまた会いたい、と。
だが、そのメッセージが既読になる事はなく、その日から彼女との連絡が取れなくなった。
無理に連絡を取ろうと躍起になるほどの情熱もなく、何となく日々を過ごし、『魔女の隠れ家』に行く頻度が多くなった頃、唯一彼女との共通の知り合いから教えられた事実に俺は驚いた。
どうやら彼女は俺以外にも複数の男性とお付き合いしていたらしい。
そして、その男性陣全員から、二十歳の誕生日プレゼントを貰ったらしいのだが、他の男性陣はアクセサリーやブランド物の鞄等だったのに、俺は香水でしかもブランド物ですらないって事で連絡を絶ったと言うことらしい。
因みに他のプレゼントをくれた男性陣とはまだ付き合って貢がせているとか何とか。
「お、女って怖ぇ」
「本当にな」
「よし、近藤!今日は飲め!」
「いやこれ、俺が持ってきた酒だけど?」
「細かいことは気にするな!さぁ、グイッといこう!」
黒瀬のこういうところは嫌いじゃない。
まぁ、傷ついていないかと言われれば、そうでもないんだろうけど、黒瀬といるとそんな小さいことはどうでもよくなってしまう。
むしろ彼女には感謝してもいいかもしれない。
大人になって、仕事と関係なく、こうして気心知れた友人に出会うきっかけをくれたのだから。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 大人になってからの友人ってイイヨネ