眠れない 夜 君のせいだよ
さっき 別れた ばかりなのに
耳たぶが……for You
燃えている……for You
やった やった
やったよ ohh
はじめての チュウ
君と チュウ
……I will giye you all my love
なぜか 優しい
気持ちが いっぱい
はじめての チュウ
君と チュウ
……I will give you all my love
涙が 出ちゃう
男の くせに
……Be in love with you
Love you……
キャンドルなんてはいからなモン、家にはない。
「はいからではない」
と娘に笑われたが、はいからだと思うから、はいからなのである。
天井を見つめる。
私にとっては庭みたいなものだ。いじれはしないが、隅から隅までしっている。
雨漏りしそうなところから、もう既に滴った跡の残るとこ……
ネズミかイタチか入り込んだら、腹から声出し追い出すつもりでもある。
それ以外にやることが無い。
……耳はいる電波が言うには「自宅警備員」が増えているらしいのだ。
私もその一人なのだ。日本はあかるい。
宅ひとつひとつに警備員がつく世になれば、もしかすると殺しなんてなくなるかもしれん。
トニカク私は、天井見張りをきばる。
額に国旗模した白紐でも巻きたいが、そのために娘を呼ぶのは難儀である。
キャンドル……
孫が欲しいと言っているらしい。
まえは、ゲーム機だった。
そのまえはおにんぎょさん。
そのまたまえは、ぬいぐるみ……
欲しがれるうちに欲しとけばいいのだ。
手に入れるため親への言い分画策しときゃ、アタマも良くなるだろう。
キャンドル……
なにが影響で、そうなったのか?
娘に聞いてみよう思って声出そうとしたものの、胸がギュウと詰まった。
上がった頭を枕に落とす。ぽとんと耳元で鳴った。
その音すら、若い頃とはまた違った。
弱ったというか、ちいさいというか。
もっとも、私の耳が遠くなっただけで、音自体は変わってないのかもしれん。
身縮む話は聞いたことがあれども、頭蓋骨諸共はない。笑える。
キャンドル……
視界全く変化なし。
天井全く変化なし。
七才前後の子がキャンドル欲しい言う理由も、考えつかぬ。
私らがロウソク欲しい欲しい言うたんは、寒いからや、暗いからや。
だけども最近は、ありがたいことに電気がある。
豆電球、電気ストーブ、電気カーペット……
あらゆるところで暖をとれる。
「……ああ」
だけども、そうや。
家にはエアコンが、ない。
盲点。あちゃー。
寒い寒い孫がぼやいとる声は聞かなかったが、今はまだ本格的に冬では無いので、当たり前。
(娘が孫連れ帰ってきたのは、この夏のこと)
孫は先の冬を見越して、寒さ耐えようキャンドル欲しい言うたのか。
そうか、そうか……
眠気がけむく脳みそおおってくるが、まだ瞼閉じるわけにいかない。
孫、娘を守れんで、なにが婆か。
うでをうごめかし、布団からひっこぬく。
いやさむい。
さむいじゃない、もうこんなに……
そりゃ欲しいわけ。
背骨ボキボキ言わせ、なんとか体起こす。
いや、いつぶりか。
最近はかゆも喉通らんから、アクエリアスにストローさして、飲んでいるくらいだ。
孫が飲みたいと舌っ足らずにせがむのが、また可愛い。
胸が締まる、筋肉が剛直しているかのような。
うなる。しばらく経って、やっと気道が広がり、強ばりが抜けた。
辺りを見回す。
縁側を見通せるすりガラスの自慢の窓は、もうピッタリ閉まっていて、透けた先は墨塗った紙でも貼っつけたように暗い、暗い。
柱にかかっている時計をみると、もう十時だった。
なるほど、どうりで家が、静かなもんだ。
背筋正してゆるりと立つと、腰がポッキリ鳴った。
歩いてみると、足の動かしにくさに笑いが込み上げる。
なんじゃこりゃ、これは孫がいて、おかしくない。
立派な婆だなあ、スリスリ足引きずって、見境なく背が丸まっていく。
兄にみられりゃ間違いなく尻をけっとばされる。
障子をあけ、慣れた廊下をスリスリ歩く。
暗い。どこも電気が、ついてない。
台所の引き戸を開けて、またスリスリ入る。
寒気入ったらたまらん、後ろ向いて閉めた。
娘は横着し、後ろ手に閉めよるが、私はしっかり向いて、やりたい。
さて、台所までやってきたが、やかんはどこだろう。
少しみまわしゃ、すぐあった。コンロにのっけぱなし。
私も昔は、火にかけたまんまうっかり忘れて、あらゆる汁物を煮えたぎらせたっけ……
いや、娘の方は火きちんと消してある。
私の方がボケ“てんねん”ってね……
乾いた笑いがまた婆のそれ。笑える。
やかんに入ってたお茶っ葉だし、軽く水でゆすいで、注いだ。
丁寧にはできない。ほんとはさっさと眠った方が、良いのだ。
やかん重いが、なんとか持ちこたえ、火にかける。
さてその間に……
水道の下の棚に指引っ掛けた。
パカッと空くことを思ったが、思ったより硬い。
ニリ、ギリ、と格闘し、やっとのことで開ければ、お目当てのものはすぐそこにあった。
手に取り、ホコリをパッパとはらう。
思い切り曲げてた背筋少しは伸ばし、またそれもゆすいだ。
懐かしいなあ。
図らず涙がたまった。
孫もいつかは、私のように思い感じ、老耄る日がくるのだろう。
そう思うと、感慨深く、重深く、涙はゆらめくのをとめた。
袖を目にあて、ぐ、ぐ、と押し当てる。その所作ひとつひとつすら、プルプル震えている事だろう。
志村けんの、ひとみ婆さんのようになってるだろう……
志村けん。娘が見せてくれた芸人さんだ、好きだ。
やかんが激しく頷いた。火を止めると、台所にいつの間にか充満していた活気まで、止まってしまったかのよう。
トクトクと、ちょっと腰痛めながらも、やかんかたむけなんとかやりきる。
蓋を占め、適当なタオルでつつみ、ようやく出来上がり。
家にはキャンドルなんて高尚なものはない。
湯たんぽなら、ありますが。
踵で寝巻きの裾を踏みながら、廊下を引きずり歩く。
娘たちの寝室、客間の障子をそっとひき、また閉める。
すす、と布擦れの音がしたので、急ぎで振り返ると、孫が起き、私を見ていた。
目向けまなこの薄い目を、白い手のひらでこすり付け、みっともなくもあくびをしてみせる。
私は図らずして、口角が上がっているのを感じながら、かがむ。かがむというより、ヒザから崩れ落ちたようになったが、まあ、気にしない。
不思議そうに私を見ている孫の足元の布団をペラりと剥がした。
すぐ隣で母が眠っている事も考えず、寒さにキャッと声を上げる孫。
片手に抱えていたキャンドルを、その子の足元にいれてやった。
孫は、途端に顔色を変え、私を見て言う「あったかあ」。
「あったかけりゃあ、キャンドルといっしょ」
私は笑って言う。
孫はその言葉が気にいらんかったらしく、お得意の不満顔をして「ちゃうし」と不平を言った。可愛いものだ。
私は孫の足元をポンと叩き、布団の上から撫でた。
「さむないか?お母さんとわけるんよ」
「うん」
わかってるのかわかってないのか、孫はとにかく眠そうに頷いた。
私はさっさと立ち上がろうとしたが、孫が袖を掴んでいた。
「ばーちゃん、まって」
小声で上手くささやくと、孫は小さな体で懸命に布団から湯たんぽを引っ張り出した。
「あげるわ」
私につき出した、腕。
ええ、なんで?
「どないしたん。アンタほしがってたんちゃうのか」
「ちゃう」
「しゃーけどあったかいやろ?もっとき」
語気を強めると、娘がウーンとうなった。こっちも不平だ。
「ちゃう」
孫は相変わらず私に湯たんぽを差し出している。
しゃーない、問答繰り返すより、はよ寝かせた方が懸命である。
受け取ると、孫はすきっ歯見せつけにっこり笑った。
「ばーちゃんさむいやろ?あったまり!」
娘の口調を真似っこしたような感じの、拙い語調に、私はうなるしかなかった。
はじめから、私のためやったんか、そうじゃないのか……なんにせよ、うれしいことだ。
「ありがとう」
「どーいたしましまて!」
くっしゃり笑うと、孫も笑った。
冬の冷徹な疾風の前。心地の良い冷気が暖かい体を撫でる。
心が冷え切る前の、秋の風。
ゾクゾクする。
脳裏。脳裏……のうのうら。
のうのう。ら。
のうのう、ララララ。
爺さん「のうのう」無視する孫さん「ララララ」