宝物

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キャンドルなんてはいからなモン、家にはない。

「はいからではない」

と娘に笑われたが、はいからだと思うから、はいからなのである。

天井を見つめる。

私にとっては庭みたいなものだ。いじれはしないが、隅から隅までしっている。
雨漏りしそうなところから、もう既に滴った跡の残るとこ……

ネズミかイタチか入り込んだら、腹から声出し追い出すつもりでもある。
それ以外にやることが無い。
……耳はいる電波が言うには「自宅警備員」が増えているらしいのだ。
私もその一人なのだ。日本はあかるい。
宅ひとつひとつに警備員がつく世になれば、もしかすると殺しなんてなくなるかもしれん。
トニカク私は、天井見張りをきばる。

額に国旗模した白紐でも巻きたいが、そのために娘を呼ぶのは難儀である。

キャンドル……

孫が欲しいと言っているらしい。
まえは、ゲーム機だった。
そのまえはおにんぎょさん。
そのまたまえは、ぬいぐるみ……

欲しがれるうちに欲しとけばいいのだ。
手に入れるため親への言い分画策しときゃ、アタマも良くなるだろう。

キャンドル……

なにが影響で、そうなったのか?
娘に聞いてみよう思って声出そうとしたものの、胸がギュウと詰まった。

上がった頭を枕に落とす。ぽとんと耳元で鳴った。
その音すら、若い頃とはまた違った。
弱ったというか、ちいさいというか。
もっとも、私の耳が遠くなっただけで、音自体は変わってないのかもしれん。

身縮む話は聞いたことがあれども、頭蓋骨諸共はない。笑える。

キャンドル……

視界全く変化なし。
天井全く変化なし。
七才前後の子がキャンドル欲しい言う理由も、考えつかぬ。

私らがロウソク欲しい欲しい言うたんは、寒いからや、暗いからや。
だけども最近は、ありがたいことに電気がある。
豆電球、電気ストーブ、電気カーペット……
あらゆるところで暖をとれる。

「……ああ」

だけども、そうや。
家にはエアコンが、ない。

盲点。あちゃー。
寒い寒い孫がぼやいとる声は聞かなかったが、今はまだ本格的に冬では無いので、当たり前。
(娘が孫連れ帰ってきたのは、この夏のこと)

孫は先の冬を見越して、寒さ耐えようキャンドル欲しい言うたのか。

そうか、そうか……

眠気がけむく脳みそおおってくるが、まだ瞼閉じるわけにいかない。
孫、娘を守れんで、なにが婆か。

うでをうごめかし、布団からひっこぬく。
いやさむい。

さむいじゃない、もうこんなに……
そりゃ欲しいわけ。

背骨ボキボキ言わせ、なんとか体起こす。
いや、いつぶりか。
最近はかゆも喉通らんから、アクエリアスにストローさして、飲んでいるくらいだ。
孫が飲みたいと舌っ足らずにせがむのが、また可愛い。

胸が締まる、筋肉が剛直しているかのような。

うなる。しばらく経って、やっと気道が広がり、強ばりが抜けた。

辺りを見回す。
縁側を見通せるすりガラスの自慢の窓は、もうピッタリ閉まっていて、透けた先は墨塗った紙でも貼っつけたように暗い、暗い。

柱にかかっている時計をみると、もう十時だった。
なるほど、どうりで家が、静かなもんだ。

背筋正してゆるりと立つと、腰がポッキリ鳴った。
歩いてみると、足の動かしにくさに笑いが込み上げる。
なんじゃこりゃ、これは孫がいて、おかしくない。
立派な婆だなあ、スリスリ足引きずって、見境なく背が丸まっていく。
兄にみられりゃ間違いなく尻をけっとばされる。

障子をあけ、慣れた廊下をスリスリ歩く。
暗い。どこも電気が、ついてない。

台所の引き戸を開けて、またスリスリ入る。
寒気入ったらたまらん、後ろ向いて閉めた。
娘は横着し、後ろ手に閉めよるが、私はしっかり向いて、やりたい。

さて、台所までやってきたが、やかんはどこだろう。
少しみまわしゃ、すぐあった。コンロにのっけぱなし。

私も昔は、火にかけたまんまうっかり忘れて、あらゆる汁物を煮えたぎらせたっけ……
いや、娘の方は火きちんと消してある。

私の方がボケ“てんねん”ってね……

乾いた笑いがまた婆のそれ。笑える。

やかんに入ってたお茶っ葉だし、軽く水でゆすいで、注いだ。
丁寧にはできない。ほんとはさっさと眠った方が、良いのだ。

やかん重いが、なんとか持ちこたえ、火にかける。
さてその間に……
水道の下の棚に指引っ掛けた。
パカッと空くことを思ったが、思ったより硬い。
ニリ、ギリ、と格闘し、やっとのことで開ければ、お目当てのものはすぐそこにあった。

手に取り、ホコリをパッパとはらう。

思い切り曲げてた背筋少しは伸ばし、またそれもゆすいだ。

懐かしいなあ。

図らず涙がたまった。
孫もいつかは、私のように思い感じ、老耄る日がくるのだろう。
そう思うと、感慨深く、重深く、涙はゆらめくのをとめた。

袖を目にあて、ぐ、ぐ、と押し当てる。その所作ひとつひとつすら、プルプル震えている事だろう。
志村けんの、ひとみ婆さんのようになってるだろう……
志村けん。娘が見せてくれた芸人さんだ、好きだ。

やかんが激しく頷いた。火を止めると、台所にいつの間にか充満していた活気まで、止まってしまったかのよう。

トクトクと、ちょっと腰痛めながらも、やかんかたむけなんとかやりきる。
蓋を占め、適当なタオルでつつみ、ようやく出来上がり。

家にはキャンドルなんて高尚なものはない。
湯たんぽなら、ありますが。

踵で寝巻きの裾を踏みながら、廊下を引きずり歩く。

娘たちの寝室、客間の障子をそっとひき、また閉める。
すす、と布擦れの音がしたので、急ぎで振り返ると、孫が起き、私を見ていた。

目向けまなこの薄い目を、白い手のひらでこすり付け、みっともなくもあくびをしてみせる。
私は図らずして、口角が上がっているのを感じながら、かがむ。かがむというより、ヒザから崩れ落ちたようになったが、まあ、気にしない。
不思議そうに私を見ている孫の足元の布団をペラりと剥がした。
すぐ隣で母が眠っている事も考えず、寒さにキャッと声を上げる孫。

片手に抱えていたキャンドルを、その子の足元にいれてやった。

孫は、途端に顔色を変え、私を見て言う「あったかあ」。

「あったかけりゃあ、キャンドルといっしょ」

私は笑って言う。
孫はその言葉が気にいらんかったらしく、お得意の不満顔をして「ちゃうし」と不平を言った。可愛いものだ。

私は孫の足元をポンと叩き、布団の上から撫でた。

「さむないか?お母さんとわけるんよ」
「うん」

わかってるのかわかってないのか、孫はとにかく眠そうに頷いた。
私はさっさと立ち上がろうとしたが、孫が袖を掴んでいた。

「ばーちゃん、まって」

小声で上手くささやくと、孫は小さな体で懸命に布団から湯たんぽを引っ張り出した。

「あげるわ」

私につき出した、腕。
ええ、なんで?

「どないしたん。アンタほしがってたんちゃうのか」
「ちゃう」
「しゃーけどあったかいやろ?もっとき」

語気を強めると、娘がウーンとうなった。こっちも不平だ。

「ちゃう」

孫は相変わらず私に湯たんぽを差し出している。
しゃーない、問答繰り返すより、はよ寝かせた方が懸命である。

受け取ると、孫はすきっ歯見せつけにっこり笑った。

「ばーちゃんさむいやろ?あったまり!」

娘の口調を真似っこしたような感じの、拙い語調に、私はうなるしかなかった。
はじめから、私のためやったんか、そうじゃないのか……なんにせよ、うれしいことだ。

「ありがとう」
「どーいたしましまて!」

くっしゃり笑うと、孫も笑った。

11/19/2024, 1:55:43 PM