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5/29/2024, 2:38:44 PM

昔からその言葉を口にするのが苦手だった。
だから、兄弟喧嘩をした日は、弟のお茶碗に、いつもより少し多めにご飯をもってあげたり、彼の好きなおかずを一品分けてあげるのが、精一杯の降伏の合図だった。

大人になってからも、その言葉はどうにも苦手だった。
ヘラヘラしながら"スミマセン"は言えるのだ。本心からの、その言葉を口にするのは、どうにも難しかった。


一人、電気も点けずに静かな部屋に佇む。
祖父がいなくなり、祖母がいなくなり、父がいなくなり、そして弟が出ていった。保育園の頃からの友達は皆、就職や進学やお嫁入りを期に地元から居なくなった。

足許には、たくさんの思い出が転がっている。

何処にも行けない、拗ねた私の足許に、目を凝らせばたくさん落ちているのだった。

『あの時はごめんね』が。

5/24/2024, 2:18:44 PM

去年の今頃は、結婚の話題にもやもやとした気持ちを抱えていたことを思い出した。

初めての両思い、初めての恋人。職場で出会い3年間一緒に働いて、ホワイトデーに抱き締められてキスをして。付き合ってすぐに結婚の話題だって出て、ドラマみたいだなんて浮かれながら夢中になっていたのがその前の年。
父が病死して半年経ち、迫られるままに『プロポーズは追々するからとりあえず準備だけでも始めよう』なんて彼の言葉に断りきれずに頷いて、遂に両家の顔合わせまでして。

少しずつ気後れしだして、少しずつ会うのも嫌になって。私は彼を愛していると思っていたし、彼に愛されていると思っていた。それまで愛だと信じてやまなかったものが、一気に揺らいでしまったのが怖かった。


結局、5年ほど勤めた仕事も辞めて、彼とも別れ、今は新しい職場で新しい制服に身を包んでいる。

別れ際のあの態度を思い出す度に、無理に結婚してしまわなくて良かったと心底思った。もう、友達にすら戻らない。一生他人として過ごすし、会うこともないだろう。

あの日、胸に違和感を抱えながら、世界には彼しかいないと思っていた私へ。

君の世界には、今でもまだ花は咲かないし星は瞬かないけれど。
大丈夫、酸素は、その世界の外側にもちゃんとあるよ。

だから、安心して、逃げておいで。