繊細な花のごとき君の背を見つけて駆け寄る春の夕暮れ
「私が子供の頃は……」
「子供の頃って、今もまだ子供じゃないか」
「そうだけど、言葉の綾だよ。わからないかな」
「ああ、そう」
「それに、ひとえに子供と言ったって高校生と小学生とじゃ日々の生活も価値観も、その目に映る世界も何もかも違うでしょう。まだ十七年しか生きていない私にも、たまには懐かしき小学生時代の無垢な私を偲びたくなるんだよ」
「そういうものか」
「そういうものだよ。十六歳の君にはまだ分からないだろうけど」
「せいぜい数ヶ月の違いでしかないだろ。というかお前、何か自分を勘違いしているみたいだけどな」
「なに?」
「別に懐古するほど小学生の頃からそんなに変わってないぞ。身体も、頭も」
「殴られたいの?」
「そういう短気なところも相変わらずだ」
「もう……そうやってすぐ揚げ足とって苛めるところ、君も変わってないよね」
「まあ、そうだな」
「少しは否定しなよ」
「お前より自覚的なだけだ。きっと、あの頃から何も変わってない。俺も、お前も」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねえ、不安にならない?」
「不安? ……なにが?」
「数年経たくらいじゃ、私たちは何も変わらない。そりゃあ多少背が伸びたり賢くなったりはしているのかもしれないけど、なんていうか、生き方というか、世界の見方とか、人との関わり方とか、そういう部分って、君の言う通り何も変わってない。それなのに、世の中はあまりにも目まぐるしく変わっていく。時間は流れていく」
「…………」
「大人なんて先の話で、まだまだ私は子供のままで……そう思っているうちに、私はもう十七になっちゃった。来年には成人して、将来の進路を見据えなきゃいけなくなる」
「…………」
「このまま、変わらないんじゃないかって。世界は変わって、みんなも変わって、だけど、私だけ変わらないまま大人になっていくんじゃないかって思うと、不安っていうか」
「焦ってる?」
「そう。焦ってる。変わらなきゃって。私たちはいつまでも子供のままじゃいられない。分かってる。分かってるけど、まだ私は子供のまま」
「……んー」
「その唸り声はなに」
「いや、なんか、お前ってそんなセンチメンタルになれたんだなって」
「やっぱり殴られたいんだね? 殴ろうか?」
「やめてくれ。実力行使はフェアじゃない」
「むう」
「いや、俺が思うのはさ。別にそれでいいんじゃないかって」
「それでって、子供のままでいいってこと?」
「そういう訳じゃないけど、多分、誰だって子供のまま大人になっていくんじゃないのか」
「どういうこと?」
「個人的な面で言えば、大人と子供に明確な境界線は存在しない。特に精神面だな。どれくらい精神が成熟したら大人とか、どれくらい賢くなったら大人とか、そんな基準は無い。というか、定めようがない」
「まあ、そうだね。頭が悪い大人も頭が良い子供もいる」
「ああ。だけど、社会的な面で言えば、大人と子供には明確な境界線がある。18歳になったら成人。20歳になったら酒が飲める。22歳で大学を卒業したら社会人。俺たちの意思に関係なく、社会が俺たちを大人へと上らせる」
「つまり?」
「誰しも心が大人になってから大人になるんじゃない。心延えはまだ子供のままで、なのにいつのまにか大人ということにさせられて、社会の荒波に揉まれながら少しづつ身も心も大人として成長していく。いま変わろうとしなくても、変わる時が来たら、きっと変わる。俺が言いたいのはそういうことだ」
「そうかなあ。ちょっと楽観的すぎない?」
「楽観的すぎるくらいが人生丁度いいんだよ。それに、だ。大人になったらもう子供には戻れない。子供時代は今しかないのに、その貴重な時間を使って大人になろうとするなんて馬鹿らしいぜ?」
「たしかに、それはそうかも。子供の頃を回想するのはまだ早いかもね」
「ああ、俺たちはまだ子供だ。未来と自由ある、若々しき青少年だ。目まぐるしく変わりゆく世界の中で、変わらないままでいられる今を楽しめよ」
「うん。そうする」
「おう。そうしろ」
「……ふふっ、やっぱり君は変わらない」
「安心しろ。変わらないから」
「私と君の関係も、ずっと変わらないままがいいね」
「どうだかな」
「なにその返事ー。……あ、もうこんな場所か。もう少し話していたいのに」
「帰る家が違うんだからしょうがない」
「そうだね。じゃあ、バイバイ。また明日」
「また明日」
好きな色は何か、と訊かれることは人生において少ないようで意外と多い。例えば英語の授業での簡易な応答の中でWhat color do you like?と訊ねられたりすると、何かしらの色を答えなければならない。そのような場面で今まで私はなんと答えて来たのだろうか、と二十年に満たない自分の人生を回想してみる。思いつくままに挙げてみると、青、黒、灰色、とかそんな色だった気がする。大体が寒色か、無彩色。こうして見ると私は随分と目立たない色を好みがちな印象を受ける。それはきっと、目立つような赤や黄といった暖色を好まないという消極的な理由が強いように思う。昔からずっと目立ちたくなくて、誰の意識の上にものぼりたいと思わなくて、地味な服装ばかりしていた。その結果として、青や黒といった静謐な色を好むようになっていったのだろう。ただ、好きな色を黒というのは、なんというか印象が悪い。こいつ暗い奴なんだな、と思われること請け負いである。別にそう思われることは構わないのだけど、面倒臭いことに「そう思われたがっている」と思われるのは気に障るのだ。だから、大抵は青と答えている。