自分が今どうしたいのか分からない。
眠いのか空腹なのか。
でも、ただ1つ分かることは。
君がいなくなった世界はこんなにも無色になるんだな。
色どころか、音もないや。
嗅覚も少しずつ失くしてゆく気がする。
君の匂いをいずれ忘れてしまうのが、つらい。
『せっかくさ、咲き出した途端に雨が降るんだもん』
ちょっとだけ頬を膨らませて彼女が言ったのは去年の春の出来事。たしかに、“花の雨”という言葉があるように、桜の咲く時期に雨が降るのは珍しくないみたいだ。
彼女は桜が大好きだった。限られた僅かな時期にしか咲かなくて、それでも人々を魅了するほどの美しさがそこにあって、日本を代表する花だから、だそうだ。桜が嫌いな日本人なんていないと思う。僕も桜が好きだ。正確には好きだった。
あの日彼女が桜に見とれて手すりから滑り落ちるなんて事態にならなければ、この先もずっと好きだったと思う。桜のせいで彼女は帰らぬ人となった。桜が彼女を僕から連れ去ってしまった。そんな花をこの先穏やかな気持ちで愛でていける自信がない。この世から桜が無くなればいい。そんな頭の可笑しいことを考えているのは世界中で僕だけだろう。
今年も変わらずあちこちで桜は咲いた。そして、満開と同時に彼女の言う通り長雨が降って呆気なく散っていった。もしかしたら神様が僕のためになるべく早く散らしてくれたのだろうか。そんな都合のいいことを考えながら僕は彼女の墓標を見つめる。きっと彼女は悲しんでいる。今年の桜は短かったな、とでも言いそうな気がする。
墓に落ちた小さなピンクの花びらを拾った。この近くにも桜の樹がいくらか植わっているから、風が運んできたのだろう。こんな可愛らしい花が僕の彼女を殺しただなんて信じたくない。嘘だと思いたい。あの頃に戻りたい。
見てみろよ。アイツ、またあの男子に夢中だぜ。
いつかそのうち目玉がハートの形になっちまうんじゃねぇか?
頭の中はさぞ綺麗なお花畑になってるんだろうよ。どんだけ夢見心地なんだよって話。
ん?なんでそんなにあの子のこと言うのかって?
……別に。俺が見た方角にアイツがいたからだよ。
結構あるんだよなぁ、アイツが俺の視界に入ってくること。
全く勘弁してくれよな。
……ところでさ。アイツ、マジであの男子のこと好きなのかな。お前、知ってる?
ちょっと探り入れてきてくれよ。俺が聞いたら絶対教えてくれないだろうからよ。頼むよ、な?
バカも好きもごめんも。
言う前にあなたは逝っちゃった。
もう遅いね、今さらすぎて涙しか出ない。
もっとあの時あなたのこと大切にしたらとか、
私はこの先一生考えて生きてゆくのかな。
泣いて悔やんで苦しんで。
そんな私を天高いところから見ていてよ。
バカだなアイツって、笑ってよ。
それで時々私の名前、呼んでくれたらいいのにな。
神様へ。
僕が先に逝くことになっちゃったけど、どうかあの子がこの先幸せに暮らしていけますように。
僕の代わりに、あの子のことを護ってくれる誰かが現れますように。
きっとそんなことをあの子が望むだなんて思えないけれど。
でも、あの子はひとりじゃ生きていけないから。
僕がそばにいてあげられなくなってしまった以上、他の人間に頼るしかありません。
僕への悲しみひとつ分を楽しい思い出に変えてあげてください。
あの子の優しさを、どうか汲み取ってあげてください。
そしたら僕は安心して旅立てます。
いつまでもこの世界をふらふらしていたくないから、どうかどうかあの子のことをよろしくお願いします。