ゆかぽんたす

Open App

『せっかくさ、咲き出した途端に雨が降るんだもん』

ちょっとだけ頬を膨らませて彼女が言ったのは去年の春の出来事。たしかに、“花の雨”という言葉があるように、桜の咲く時期に雨が降るのは珍しくないみたいだ。 
彼女は桜が大好きだった。限られた僅かな時期にしか咲かなくて、それでも人々を魅了するほどの美しさがそこにあって、日本を代表する花だから、だそうだ。桜が嫌いな日本人なんていないと思う。僕も桜が好きだ。正確には好きだった。
あの日彼女が桜に見とれて手すりから滑り落ちるなんて事態にならなければ、この先もずっと好きだったと思う。桜のせいで彼女は帰らぬ人となった。桜が彼女を僕から連れ去ってしまった。そんな花をこの先穏やかな気持ちで愛でていける自信がない。この世から桜が無くなればいい。そんな頭の可笑しいことを考えているのは世界中で僕だけだろう。

今年も変わらずあちこちで桜は咲いた。そして、満開と同時に彼女の言う通り長雨が降って呆気なく散っていった。もしかしたら神様が僕のためになるべく早く散らしてくれたのだろうか。そんな都合のいいことを考えながら僕は彼女の墓標を見つめる。きっと彼女は悲しんでいる。今年の桜は短かったな、とでも言いそうな気がする。
墓に落ちた小さなピンクの花びらを拾った。この近くにも桜の樹がいくらか植わっているから、風が運んできたのだろう。こんな可愛らしい花が僕の彼女を殺しただなんて信じたくない。嘘だと思いたい。あの頃に戻りたい。

4/18/2024, 8:03:33 AM