「変わらないものなんて、ないよね」
弱々しく君が呟いた。続けて深いため息をゆっくりと吐く。もう疲れちゃったな。誰に言うわけでもない独り言を発して、ようやく僕を見た君の目は涙が溢れていた。
「私、何がいけなかったんだろ」
その答えを僕が知る由もない。だからこれも君の独り言なのだろう。でも、それにしたって僕に向ける視線が強くないか。僕に答えを求めているのか。だとするならば、僕はこう言う。
「君は何も悪くない」
涙の引き金を引く言葉だった。我慢を忘れた君は嗚咽を漏らしながら両目から涙を流す。泣くことは悪いことじゃない。これで少しでも君の気持ちが晴れるなら、僕は君の泣き顔を気が済むまで見守るよ。
変わらないものはない。君の言うとおりだと思う。でも、“変わらないものもある”のも事実だと思う。君は後者が、愛であれば良いのにって思ったんだろう。だけどアイツは君じゃなく別の女の子を選んだ。君の直向きな気持ちがアイツには届かなかった。冷たい言い方だけど、それ以上でも以下でもない。
人の感情なんて、目に見えないからこそ変化の区別のしようがない。アイツが君を選ばなかったことを責める権利は誰にもない。なら僕が君の肩を抱く権利はあるのだろうか。それを決めるのは、君だ。
「変わらないものもあるよ」
僕が君に向けていた思いはもう何年も変わっちゃいない。いつか君が受け取ってくれたらいいな。そんなふうに思っていたら片思い期間はこんなにも記録更新してしまったよ。そろそろ、告げてもいいだろうか。弱っている君につけ込んでいるみたいで多少は申し訳ないのだけど。
変わらないものもあるってこと、証明したいんだ。
プレゼント、イチゴがいっぱい乗ったホールケーキ、それからあたしの好きな料理がいっぱい。カナッペ、シチュー、生ハムサラダ、ローストチキン。まだ飲めないからシュワシュワだけ出るジュース。バルーンで飾られた部屋の灯りを少しおとしたら、みんなで歌うの。
「HAPPY BIRTHDAY!」
これかあたしのクリスマスの過ごし方。クリスマスなんてニノツギよ。だってあたしにとって、1年に1度だけの特別な日なんだもの。クリスマスだって1年に1度だけだけど、それよりも誕生日のほうがあたしにとっては特別だから。そりゃ昔はうらんだわ。なんでこんな日に生まれたんだろうって。すごくソンしてる気分になった。でも、「クリスマスが誕生日なんてなんだかロマンチックだね」って言われたから、そこから悩まなくなった。誰に言われたかって?それはヒミツ。だって、その人にどんなに好きだって言っても、今はまだ相手にしてもらえないから。今日でまた1つ年をとったけどあの人には、あたしはまだまだ子供みたい。早く大人になりたいな。サンタさん、あたしを大人にしてください。ママに誕生日プレゼントは大人になる方法がほしい、って言ったら困った顔してた。でもサンタさんならかなえられるでしょう?このさい、誕生日プレゼントでもクリスマスプレゼントでもどっちでもいいから!
ツリーを飾ってテーブルの上にはケーキとチキン。他にもいつもより少し豪華なご馳走を用意して。お気に入りのバニラの香りがするアロマキャンドルと、貴方に贈ろうと思ってる絵本をそばに置いて。まだかなまだかな。私の目は時計と窓の外をもう20回往復くらいしてる。
昔はさ、こんな、絵に描いたような日が過ごせるなんて思ってもなかったんだよ。クリスマスなんて、世間が経済回すために騒ぎたててるだけで特に何も変わらない冬の日じゃんって考えてたの。それが、何年か経ってこんなふうに特別な夜に変わるだなんてね。私が一番びっくりしてる。
きっと大切な人ができたからだと思う。独りだったらこんな、手の込んだ夕食作ったりしないもん。貴方の喜んだ顔と美味しいって言葉が欲しくて頑張ってるんだよ、私。
特別な日じゃなくても、貴方は毎日優しくて面白くて、私の大切な存在だけど、こういう日だからこそ改めて感じるものもあるんだね。穏やかに今日を過ごせることはきっと当たり前なんかじゃないから。明日からも貴方は私のそばに居てくれるけど、その事実を大事にして今日は乾杯しよう。
Merry Christmas.
My darling.
品物だけじゃなくて。
これを選んでくれた時間も、
今日の日を前々からセッティングしてくれたことも、
くれる時に言ってくれた言葉も、
全部ひっくるめて私へのプレゼントだよ。
ラッピングのリボンの色を決める時にもきっと、私のことを思い浮かべてくれたんだろうな。
ありがとう。
けどごめん、実は私、プレゼント用意してないの。
でも、今すぐに贈れるものはあるよ。
目つむって。
あと、届かないからちょっとだけかがんで。
じっとしててね。
ぜったい、目開けちゃダメだよ。
じゃあ、いくよ――――
「君の考えはつまらない」
今日、上司に言われた言葉が、帰宅中も何度も頭の中をリフレインする。なにも皆の前で言わなくてもいいじゃないか。自分の提案を否定された悔しさと、皆にその現場を見られた羞恥心を同時に感じている。屈辱、無念、憤怒。あらゆる感情がぐちゃぐちゃになって私の中で渦巻いていた。
「ただいま」
もう仕事は終わって家路についたというのになかなか切り替えられない。どんよりした気分で家に上がると、先に帰っていた彼がリビングから顔を出した。
「おかえり。もうすぐでご飯できるとこだよ」
「あー、うん」
なんとなく、顔を見れなかった。彼はなんにも悪くないのに、脳天気なその顔を見たら八つ当たりしてしまいそうで。逃げるように寝室に入りコートを脱ぐ。先にお風呂入っちゃうー?暢気な声が部屋の向こうから飛んできた。それだけでイライラしてしまう。そんなふうに思っちゃいけないのに。
切り替えなきゃ。シャワーを浴びたら少しは心が落ち着けるだろう。浴室で服を脱ぎ、お風呂の蓋をとる。すると目に飛び込んできた黄色いものたち。
「なにこれ」
柚子が湯船にぷかぷか浮いている。ほのかに青臭さがどこか残る薫りが、浴室の中に漂っている。そっと身体を沈めてみる。
「あー……落ち着く」
ちゃぷちゃぷ揺れる柚子たちがなんだか可愛くて思わず顔が緩む。こういうことしてくれるのがまた、嬉しくて。そう言えば、なんで私落ち込んでたんだっけ。忘れしまうくらい、柚子湯は私を癒やしてくれた。お風呂から出たら彼にありがとうを言おう。でも、20個は入れ過ぎじゃない?