たると

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4/21/2025, 1:09:41 PM

【ささやき・囁き】
ひそひそ話。耳うち。ささめき。
比喩的に、草木、川などのたてる小さな音もいう。


***



ある日僕は魔法少女になった。
男だけど。36歳会社員だけど。

朝の通勤中にクマのぬいぐるみみたいな自称、マジカルランドの妖精に話しかけられた。

「君こそが選ばれし勇者、マジカルキューティーエレガントガールだプリ!」と。

名前長いな。と思った。
そうこうしているうちに目の前に巨大な怪物が現れた。
逃げ惑う人々。壊されるビル。泣き叫ぶ子供。

「今こそ!変身して奴をやっつけるプリ!」

これでもか!とハートの装飾の施された煌びやかなコンパクト?を渡された。拒否するまもなく変身が完了し、僕は魔法少女になっていた。
そして怪物と戦い、なんやかんやあって勝利した。

「やっぱりプリ!君がいればボクの故郷、マジカルランドは救われるプリ!」

戦闘後、妖精が話を進めてきた。
そんな勝手なそちらの都合を押し付けられても。
とても困る。僕はさすがに断った。

「あなたの国が大変だということはわかりました。しかし私としても、なにぶん忙しい会社員でして。そういった副業は致しかねます。」

目紛しい状況に、若干変な敬語になってしまったが、自分の意思を伝える。
それを受けて妖精は残念そうに

「そんなぁ」

と、泣きそうな顔になった。
泣きたいのはこっちだよ。
何が悲しくて36歳の成人男性がフリフリの衣装を着て訳のわからない国のために命を捧げないといけないんだ。
色んな意味で泣きたくなるわ。
そういうのは未来のあるうら若き乙女に頼みなさいよ。
ニチアサでやりなさいよ。

「お願いプリ!君にしか頼めないプリよ!」

そう言って懇願してくる妖精。
僕はたまらず、その場から逃げ出した。
なんとか妖精を撒いて、僕は職場に駆け込んだ。
そして何事もなかったように仕事に取り組んだ。
仕事に集中していると余計なことを考えなくて済む。
こんなに仕事をありがたいと思ったのは初めてのことだ。
労働、万歳!
今日も忙しいぞぉ!


***



夜21時に退勤。今日もたくさん働いた。
クタクタだ。
帰って冷蔵庫に冷やしてある発泡酒を呑もう。
そう思っていた時、

「やっと見つけたプリ!」

朝のあの妖精にでくわした。しまった。
通勤経路をずらしておくべきだった。

「探したプリよ!お願いだからマジカルキューティーエレガントガールとして僕の故郷を怪物から救ってほしいプリ!」

だから名前長いって。いや、ちがう。
嫌だって。
なんで僕にメリットのないことに命をかけなきゃならんのだ。

「むむ〜。強情プリね。でも安心してほしいプリ!君が僕の故郷のマジカルランドを救ってくれた暁には、ちゃんとお礼をするプリ!」

お礼、という単語に僕は反応する。
なんと浅ましい。我ながら欲に塗れた哺乳類だ。

「お礼はプリね〜...」

そう言って妖精は僕の耳元でその「お礼」をささやいた。

「...それは本当ですか?」
「うん!もちろんプリ!」

尋ねる僕に、妖精は満面の笑みで応える。
少し思案する僕。
10秒ほど考えて、返答する。

「わかりました。そういうことであれば、私の力をお貸ししましょう!」
「やったあ!ありがとうプリ!」

こうして、僕は妖精と契約をし、
魔法少女(36歳・男性)となった。



***



あなたなら、どんな見返りがあれば、
命をかけて、人のために、戦えますか?

4/21/2025, 7:20:12 AM



部活が終わった後の帰り道を自転車で走っている。
肌を刺すような寒さに身を震わせながら、家に向かって無心でペダルを漕ぐ。
特に雪深い我が故郷は、11月も後半になると既に真冬のような寒さになる。手は悴んで、ほとんど感覚がない。手袋をしてくればよかったと朝家を出発してものの数十秒で後悔したことを思いだす。
しかし帰るためにはペダルを漕がなければいけない。疲れた身体に鞭を打って、ひたすら前へ前へと進んでいく。
暗くなった田舎道に人影はなく、世界の終わりのように静まり返っている。
無心でいようといつつも、ついつい考えてしまう。

授業中に教師に当てられて答えられなくて恥をかいたこと。
友人に言われた何気ない一言に傷ついたこと。
部活での調子がイマイチだったこと。
なんとなく1日頭が重たかったこと。

人に話すほどではない、そんなモヤモヤとした事柄を思い出す。
あぁ、嫌だな。気持ちが暗くなる。
ストレスというほどのものではなく、生きていれば当たり前に起こるそんな些細なモヤモヤは、雪のように心に降り積もって、いつしか動けなくなるような気がして、とても怖い。

どうすればいいのか。

子供の自分の頭ではいくら考えても最良の答えなんて見つからず。両親に相談したとしても軽く流されてしまうような、そんなことで悩む自分にも嫌になって。嫌になって。落ち込んで俯いてしまいそうになって、無理矢理顔を上に向けて空を見た。



星明かり。



空に一番星が輝いていた。
星を見つけたからといって、自分の今のこの気持ちが解消されるわけなんてない。そんなのわかっている。
ただ、この星明かりを、自分以外の誰かも見上げている。もしかしたらその人は、自分よりも辛くて、苦しくて、死にたいような、そんな状況の人たちかもしれない。そんな人々にも平等に夜は訪れて、そして朝がやってくる。そんな当たり前のことに、少し救われたような心地になる。なんでなのかはわからない。人の心は複雑なのだ。特に子供の心は。

帰ろう。

先ほどよりも強くペダルを漕ぐ。冬の空気を感じながら、今日の夕飯は何かに思いを馳せる。
ほらね、僕はこうして生きている。あなたもそうやって、生きている。