子供に説明するとすれば、もともと「空気」は「在る」とは気づかれにくくて、「風」があるのだと感じられがち。
まあ、でも呼吸で吸ったり吐いたりして、風になる何かがあるなと気付いていれば、分かりやすかったかな。
でもそれは「空気」という単一のものではなく、そこにはさらに酸素が混ざってると気づくには、いろいろ実験しなきゃ分からない。(窒素なんてもっと分かりにくかっただろう。)
そんなカネにならないことをやるのは無駄だ、というようなどこかの経営学者みたいなのは、当時もいただろう。
あくまで個人的な価値で、永続もしない金銭の価値の信奉者は、他の老舗の価値を攻撃しがち。
でも結局、こういう視点と努力が世界を広げて、圧倒的に生きやすく便利にしていることが分からない。
(しかし、あの大量の敵が突進してくるのを弾幕で止めてるだけのゲーム、アメリカではそんなに流行ってんのかね...?)
…の、ために〜
ぼ〜く〜は〜、さびし〜さと〜〜
(けっ
関東平野にぽつぽつと遍在する雑木林って、里山とは少し違っててけっこういい雰囲気。そんなには大きくないけど、しっかり鬱蒼としていて、それでいて真っ暗ではなくてちらちらと光が通る。
たぶん夏場には、カブトムシやコクワガタがいる。(ノコクワは朝のうちに目ざとく小学生が採っていく)
手紙を開くって、最近の連絡はほとんどインターネット経由になってるので、封書が届いて開くというと、たいがいが支払い関係。税金とか振り込みとか...
便利なんだけど、こういうところは味気ない世の中になってしまって...
すれ違う瞳、とはむしろ真逆なんだけど…
最近駅の通路とか歩いていると、進行方向に登場して、何もない方向とか、多いのはスマホを凝視したまま、元々そこにいた対向者に突進してくる女性が多くないですか?
自分は見えてない、見てないんだから相手が進路を譲るのが当たり前、のような。
嫌味に「危ないですよ〜」とか、右腕をすっと身体の前に持ってくだけでも、相手は見えてんので進路を換えるんだけど、あなたは宮中をお渡りになる女王様なのかしら?