誰かのためになるならば、死ねるかい?
そんな訳ないだろ。
そうしないと、誰かが死ぬんだぜ。
それは仕方ない。
自分の命は惜しいと。
俺がその人のために死んだら、その人はずっとその十字架を背負って生きていくんだぜ。
それはその人の勝手だ。
死なずに生きるのも俺の勝手だ。
その人が…俺だったら?
…死なないよ。お前だって、俺に生きて欲しいだろ?
確かに、そうだな。
誰かのためになるならば命も惜しくない、なんて、子供の頃に見たヒーローくらいのもんだ。
そのヒーローに散々憧れてたけどな。
最初から死ぬつもりなんてないんだよ。カッコよく助けたいって思ってるだけだ。
じゃあ…助けてくれるかい?
当たり前だ。
死ぬかもしれないぞ。
そんなつもりはないけど、その時はその時だろ。
俺はお前に生きてて欲しいけどな。
じゃあ、二人で生き延びよう。それが一番カッコいいエンディングだよ。
ヒーローだって死なないもんな。いつだって皆を助けてくれる。
まあ、俺には皆を助けるような必殺技はないけど、お前一人くらい気合いで何とかするよ。
気合いか…うん、きっとそれで何とかなりそうな気がするよ。
よし、じゃあ、行くか。
俺達は二人微笑みながら、目の前の白く重い扉を開けた。
かごの中の鳥は、果たして幸せなのか。
自由に空を飛ぶことが出来ない。
だが、食事や環境が約束される。
上げ膳据え膳だ。
そもそも、大空を飛ぶことなど、考えたことすらないのかもしれない。
生まれた時からかごの中で育てられてきたのだとすれば、さもありなんだろう。
大空に怯えるかもしれない。
生活が保障されず、様々な敵が待ち受ける、大空に。
鳥かごの中が一番だよ。安心して暮らせる。
新しい何かに挑む必要もなく、昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
そしてこの鳥かごが、あらゆる脅威から守ってくれる。
かごの中の鳥は、間違いなく幸せだ。
ある日、鳥はかごから逃げ出した。
ほんの一瞬、目を離した隙に。
大空に飛び立っていった。
何の迷いもなく。
大学を卒業してから、三十年以上会っていない友達の訃報を聞いた。
偶然、共通の友人だった人と再会した折に。
少し神妙に、そっか、知らなかったな、と返したものの、特別な感情は湧かなかった。
確か、仲良かったんだけどな。
大学時代、お互いの彼女を連れて、四人で遊んだっけな。
サザンが好きで、湘南に憧れて、中古で買ったポンコツ車で、江の島までドライブした。
帰りのガソリン代が危うくなって、なけなしの1000円分給油して、何とかギリギリで家に辿り着いた。
今はもう、満タン給油が当たり前。
飲み会の後は帰りたくなくて、ガードレールに座って朝まで話し続けた。
話した内容なんか覚えていない。
きっと、今の自分にはどうでもいいこと。
でも、あの頃の自分達にとっては、熱量ハンパない話題だったんだろうな。
俺が彼女にフラれた時は、夜通し男二人でカラオケで歌った。
サザンばっかりだった。
いとしのエリーとか歌っても、歌が下手すぎて何の感情移入も出来なかった。
でも、しんみりすることもなくて、それが逆に良かったんだよな。
ほら、たいした思い出もない。
あいつの顔だって、ぼんやりとしか覚えていない。
だから、そっか、で済ませたんだろうな。
夜、昔の写真を引っ張り出して、あいつの顔を見つけた。
何故だか分からないが、とめどなく涙があふれ出した。
花咲いて、枯れる。
その短い時間に、人は花を愛でる。
人も生きて、死んでゆく。
その短く大切な時間に、人は人を愛する。
イイ人生だったなと最後に思えるのは、この時間をいかに、人を愛し人に愛されることに費やせたか、ではないだろうか。
愛するとは、甘い言葉やイチャつくことじゃない。
いや、それもアリだが、家族で夕飯を食べながら今日の出来事を話したり、夕食後に皆でボードゲームを楽しんだり。
家族でなくても、恋人でも友達でもいい。
とにかく誰かと繋がるべきだと思う。
花だって、基本群れて咲く。
皆で咲き誇って、枯れていくんだ。
それはイイ生涯じゃないか。
どうせ咲くなら、一輪より大輪の群生の方が、見応えがある。
見応えのある人生、それはきっと満足できるものになるだろう。
花咲いて、枯れるまでの命を味わおう。
それしか出来ないんだから。
そのために生まれてきたんだから。
もしもタイムマシンがあったなら、
優しかったあの人に会いに行きたい。
もう、会うことの出来ないあの人に。
あれから、二十年も経つのか。
あの頃は幸せだった。
優しかったあの人がいて、僕の隣でいつも笑っていた。
でも今はもういない。
これから会うことも叶わない。
こんな試練を与えた神様を呪うことしか出来ない。
今でも夢に見る。
二人で旅行に行ったね。
買い物をしたり、映画を観たり。
幸せな夢のすべてに君がいた。
楽しい夢の途中で叩き起こされ、掃除の邪魔だと部屋を追い出される。
旅行も行かずテレビの前を陣取り、お菓子を食べながら面影を消してゆく。
買い物も行かずすべて私に託して、映画より昼のメロドラマにハマっている。
もしもタイムマシンがあったなら、
優しかったあの人に会いに行きたい。
二十年前の妻に。こんな女性になる前の君に。