ㅤ気がついたら昼だった。遅刻!ㅤと思って飛び起きてから今日は日曜だったと気づく。だからこんなにビールを飲んで、リビングで寝ちゃったのか。
ㅤ昨夜はなんだかやり切れなくて、空になったら次を開けてずっと何か書いていた。缶の数は十一あったけど、六本目から覚えがない。
ㅤ謝罪の言葉で始まる手紙は愚痴みたいになって、結局書きかけのまま止まっている。いちばん伝えたい言葉はどこにも書かれていなかった。
「バカみたい」
ㅤ便箋をゴミ箱に捨て、空き缶を手に流しへ向かう。
ㅤモヤモヤした気持ちを書き出して整理しようとしたら余計寂しくなったなんて。本当にバカみたい。
ㅤ手紙なんか書いたって、もう届かないのに。
『届かないのに』
「ここ、さっき来た……」
三回目に同じことを呟いて、諦めた私はスマホの地図アプリを開いた。
スタートとゴールを決め、曲がるたびに目印を確認する。たどり着いたら逆ルートで。それを何度か繰り返せば、初めての道もあなたのもの!
方向音痴を直すにはという記事を信じ、書かれてある通りのことを試すこと二週間。初めての道どころか、どんな道も私のものにはなってくれない。
アプリで確認した限りでは、三つ目の角を間違えて以降混乱をきたしたらしい。原因が分かっただけでも進歩かなあ。
ポンコツな記憶の地図を励まして、私は歩き続ける。夜までにはうちへ帰れますように……!
『記憶の地図』
ㅤ見たがっていたDVDと夏物のシャツをカバンに詰めて、流しの下の扉を開けた。奥からひとつのマグカップを取り出す。
ㅤ混ざり合う藍と桃の中に白い点みたいな星が光る、美術館のショップで見つけたカップだ。
ㅤ自分では手の届かない貰い物のハーブティーとか、死ぬほど疲れた夜のご褒美デカフェとか、そんなものだけを飲んだ気がする。
ㅤあの日並んで見た空も、こんな色の夜明けだった。
ㅤこのマグカップのような時間を、この先も共に過ごせたら。もしも君が、そうしたいと思ってくれるなら。
ㅤ幻想的な空の淵を、私はギュッと握り締めた。
『もしも君が』『マグカップ』
指に合わせて跳ねるリズム。
伏せた睫毛でさえ僕を導く。
何度触れても同じ響きはなく、
変わらず僕をドキドキさせる。
それはたぶん、君だけのメロディ。
『君だけのメロディ』
ㅤ約束なんかしなくても、朝になれば難なく君に会えた。喧嘩した日は気まずさをなだめて、推理小説を読みふける横顔を盗み見た。
ㅤそれは幸運に他ならなかったのに。噛み締めることもせず。なんの進歩もせずに、ただページをめくってた。決して自分の登場しないドラマを。
ㅤ傍観者の顔で唇を噛んで、呑み込んできたことばかり。
けれど、そんなものは全てが付け足しみたいなものだった。
ㅤ今こそ伝えたい。伝えなきゃいけない。一番大切な言葉は——
『I love』