ㅤ昔はね、雑誌の投書コーナーにペンフレンド募集、なんてのがたくさんあったのよ。
ㅤ私の相手の人は神戸に住んでてね、『絵を描くのが好きなひと、絵について話しましょう』って投稿してたの。絵について、文字でやり取りしたい人なんだ、面白そうって興味が湧いたのが始まり。
ㅤその人の元には、私以外にも全国から手紙が届いたと思うのよ。最初は返事がすぐに来なくて、2ヶ月空くこともあったかなあ。でもそのうち、週に一度は届くようになってた。好きな絵の話が出来るのは本当に楽しかったなあ。
ㅤ最初は手紙を送りあってたけど、途中からは絵を同封することも多かったな。私は身近にあるものをスケッチしてた。部屋にある文具とか飼ってた猫とから、向こうは風景画がほとんど。その人の知るとっておきの場所を教えてもらってるみたいで、ドキドキしたのを覚えてる。その頃にはもう、その人のことすごく好きだったからね。
ㅤある時、珍しくお花が描かれてる紙だけが送られてきたことがあった。真っ赤なガーベラが光の加減でとても美しく描かれてた。それで私もお花を描いて送ったの。ちょうど新緑の季節で、お庭に白いハナミズキが咲いてたから、それをスケッチして。いつもより少し気合いを入れて、色も付けたのね。そしたらその後、返事がプツリと途絶えてしまった。
ㅤそりゃもう、いろいろ考えたわよ。初めての花の絵にちゃんとした感想が欲しかったのかなあとか、真似してお花描いたのが良くなかったのかなあとか、追加で何か手紙書いた方がいいかしらとか。
ㅤ郵便受けを毎日覗いて、寝ても覚めても考えつづけて。頭が焼き切れそうになる頃、突然相手が訪ねてきたの。
ㅤ二人で入った近くの喫茶店で、あの人は私の描いた絵をテーブルに広げて言った。
「このハナミズキは、そういうことでいいのでしょうか」
ㅤ赤いガーベラの花言葉が『燃える神秘の愛』で、白いハナミズキの花言葉は『私の想いを受け止めて下さい』だったなんてこと、私ちっとも知らなくて。
ㅤ手紙の行方はいつの間にか、プロポーズとその返事みたいになってたってわけね。
ㅤおばあちゃんは一口お茶を飲むと仏壇に振り向いて、そこに飾られた写真をニコニコと眺めた。
ㅤおじいちゃんとの馴れ初めは、何度でも聴きたくなる私のお気に入りのお話。
『手紙の行方』
「ダイヤモンドダストって、見たことある?」
きみはよく、地元の冬の話を僕に聞かせてくれた。ダイヤモンドダストの話は、特に僕のお気に入りだった。お酒が回ると、僕は決まって君に、光る氷の粒の話をねだった。
空気中の水蒸気が寒さで結晶化して、太陽光を反射し輝くのがダイヤモンドダストの正体だ。良く晴れた無風状態でしか見られない物だという。息が凍るほど寒いと、吐いた息に含まれる水分が耳許で凍ってかすかに音が聞こえる。それと同じように、ダイヤモンドダストもさらさらという音がするらしい。
実際に見た時の話を、君は毎回言葉を変えて僕に話して聞かせてくれた。そして最後に決まってこう言うのだ。
「すっごく綺麗だよ。絶対見た方がいい」
南国生まれの僕には、想像も出来ない世界だった。
虹のように輝く氷。ふたつと同じ形のない雪の結晶。君の話に僕の想像は膨らむばかりだった。そんなものをこの先すべて、ふたりで少しずつ眺めるつもりでいた。
君を失ってから、僕は実物を見るのをやめた。代わりに手の届く限りの美しい物を見た。
花火を見ても蛍を見ても、星空を見ていても、僕の心には君の話してくれた雪の輝きが降り注ぐ。その輝きが消えるまで、僕は君の笑顔を数える。君という輝きが、ずっと僕と共にある。
『輝き』
2/17は「天使のささやきの日」だったんですね!
ダイヤモンドダストの音も、こう呼ばれるそうです。
ㅤあと何回、君とこうして同じ時間を過ごせるんだろう。
ㅤ鼻をくっつけるように、その香りを僕は吸い込む。
ㅤ口に含めば身体がカッと熱くなるほど、芳醇な君の味わい。
ㅤ無条件に捧げられるその身体を、僕は隅々まで味わう。
ㅤああ、次は一体いつ会えるの?
ㅤ俺の人生、今が一番幸せなのかもしれない。
ㅤいっそこの瞬間で、時間よ止まれ。頼む。止まってくれぇ……!
「バイトくん?ㅤいいから黙って味わいなさい」
「社長ッ!ㅤこの壷漬けカルビ、ガチでやばいっす~!」
「はいはい」
『時間よ止まれ』
ㅤ最近は「腹減った」「別に」「うるさい」ばかりで、碌に会話もしなくなってた。
ㅤ帰宅後は部屋に直行だし、居るのかどうかもよく分からない。
ㅤノックしてもしなくても君は怒る。居ない時に掃除するともっと怒る。私がなにをしても、いや何もしなくても怒るのだ。
ㅤクタクタで帰って来てみれば、シンクにお皿が満載だった。食べたあとの皿洗いまで、約束破りもここまで来たか。
ㅤ怒ってばっかの君にどう言ったら伝わるのか。なんだか今夜は疲れ過ぎて、何も言葉が組み立てらんない。
ㅤ部屋の前まで来て途方に暮れてたら、歌声が漏れてきた。ネット動画に合わせた裏声に、私はふふふと笑ってしまう。
ㅤ「まま、だいしゅき」と抱きついてきた頃と同じ、君の声がする。
ㅤ
『君の声がする』
ㅤ脱ぎ散らかされた靴下が見えた時、私の中で何かがプツリと音を立てた。
「なんで、いっつもそうなの!?」
「……え?」
「靴下脱ぎっぱなしなねしないで、食べてくるなら連絡してよ、突然料理して玉ねぎ全部使わないでっ!」
「え、なに、どした?」
ㅤ一度飛び出した不満は、どんどん溢れて止まらなかった。次から次へと、自分でも細かすぎて嫌になる。私は半分泣き出していた。
「た、たまにはっ、言葉に出して、言ってよっ!」
「……ごめん」
「謝ってほしいんじゃ、なくてっ!ㅤほかに、あっ、あのつく言葉とかっ、言うべきことあるでしょうがっ!」
ㅤ必死に涙を拭いながら訴えると、予想外の言葉が叫ばれた。
「あいしてるっ!」
「そっちじゃない!」
ㅤ思わず私も叫び返す。語尾がちょっとだけニヤけちゃったじゃない。
『ありがとう』