書く習慣:本日のお題「月夜」
月夜に出歩くのが好きな子どもだった。
今思えば普通に危ないから親が叱る気持ちもよくわかるが、当時はどうしても月明かりを頼りに散歩したかった。
それくらい、夜中の私には娯楽がなかった。
今ならスマホ1台あれば手のひらのなかで世界と繋がれるけれど、平成一桁生まれが小学生だった頃はようやくiPodが生まれた時代だった。
そして当時の私は携帯音楽プレイヤーの存在を知らず、知らないものは欲しがれないので当然持っておらず、親のお古のCDラジカセでシングルのCDに入っている4曲をヘビロテ鬼リピするしかなかった。
夜更けに本を読もうと部屋の灯りを点ければ親が飛んできて「早く寝なさい」と言うし(当たり前)、夜中に音楽を流したら近所迷惑即村八分だ(ウォークマンどころかイヤホンさえ持っていなかった)。
賢明な両親は寝室にパソコンを設置しており、夜中に子どもがネットにかじりつくのを防いでいた。
そんなわけで、夜中に何かしたければ物音を立てずに家を抜け出して散歩するしかなかったのだ。
そもそも、なぜ子どもが夜更かししているのか。
私だって、学校でのいい子や、家族の長女としての時間じゃなくて、私が私になれる時間がほしかったのだ。
地元で結婚した両親には、同じく地元で家庭を持った学生時代の友人がほぼそのまま残っていた。
両親は同窓会に参加するだけでなく友達を家に招いたり遊びに行ったりして、「子どもの親」や「配偶者」になる前の自分に戻っているように見えた。お酒を飲んで騒いでリビングでいびきをかいて寝るなど、気心知れた友人の家は我が家同然といったくつろぎ方をしていた。
とても羨ましかった。
あまりにお行儀が悪いと「あの子とは遊んではいけません」と親から禁止令を出されるのがリアルキッズである。
それに、我が家では子どもの門限が夕方5時だったため、シンデレラでさえ羨ましかった。12時の鐘で魔法が解けるにしろ、彼女の場合は門限ではない。
月明かりと街灯が照らす深夜に外を歩くのが、私が私になれる時間だった。
お行儀以前に安全面に問題がある行動だ。事故や犯罪被害などに遭わなかったのは、本当に幸運だった。
もっとも、両親をして「性別不明年齢不詳オタク」と言わしめる容姿だったから、もし誰かに見られていても子どもとは思われていなかった可能性がある。
ちなみに月がないと次の街灯までの間が真っ暗でとても出歩けず、深夜徘徊は満月付近の夜に限られた。
本当に危険なので絶対にやるべきではないが、月明かりを頼りに水路へ近づいてせせらぎを聴いたり、カラオケの裏手から漏れ聞こえてくる誰かの歌に耳を澄ませたりしていた。知っている曲が聞こえると嬉しくなったし、何回か聞いているうちにサビのワンフレーズを覚えた曲もあった。音楽番組で原曲を聞いて「全然違うじゃん!」と内心で突っ込むほど個性的な歌声もあった。
大人になってから伊坂幸太郎の『死神の精度』を読み、ミュージック大好きな主人公の死神にひとしきり笑ったあと、子どもの頃の自分も同じようなものだったと思い出した。
散歩は楽しいが、新聞配達の前には家に戻っていないと親に抜け出したことがバレる。夜中にバイクでやってくる新聞配達屋さんは、砂利敷きの庭に荒っぽく乗りつけてポストに新聞を突っ込むなどしてかなり物音を立てるのだ。親はよく新聞が届く時間に目を覚ましていた。
丑三つ時には家に戻り、お腹が空いていたら袋ラーメンなどを作って食べ、ほどよい疲労感と満腹感をかかえてベッドに潜り込むとようやく眠気が訪れる。
10代の私は、月夜にだけ自分になれる逆狼人間だった。
書く習慣:本日のお題「絆」
絆。「きずな」といえば素敵な言葉だし、「絆される」といえば良くないイメージ。
糸半分で繋ぎ止められるものなんてたかが知れてると思うのに、それでも誰かと繋がっていたくて、文字を並べるのをやめられない。
暇。
話そ。
構って。
声を聞かせて。
心の傷を塞ぐためにまず必要なのは、絆創膏ではないだろうか。
書く習慣:本日のお題「たまには」
たまには、別の道を歩いてみる。
忙しなく人と自転車が行き交う大通りの歩道から、一本外れた川沿いの遊歩道へ。
澄んだ水の中をゆったりと泳ぐ魚の姿。鴨の群れがおもちゃのアヒルそっくりにぷかぷか浮いている。
尻尾をくるりと巻き上げた柴犬が、爪をチャッチャと鳴らしながらご機嫌で散歩中。「ご主人、散歩楽しいねえ」と言いたげに、リードを持つ飼い主を時折見上げている。
まだ咲くには早い桜並木を見渡すと、蕾の淡いピンク色で霞がかかったようになっており、開花への意気込みを感じられた。
途中の自動販売機で缶コーヒーを買い、飲みながら歩き続ける。
青緑色の澄んだ川、魚と鳥、もうじき咲く桜。コーヒーの香りと暖かさ。春のいいところを独り占めして、のんびりと家まで歩いていく。
帰宅して服を脱ぐとき、白いシャツにコーヒーをこぼしているのに気がついた。
たまには、こういうこともある。
更に、ズボンのチャックも開いていた。
たまには、こういうこともある。