『二人だけの。』
鏡に向かって「お前は誰だ」と問い続けてはいけない、と何かで聞いたことがある。
都市伝説の類か、ゲシュタルト崩壊が起きて心理学的に何かあるのか。
後者だとして、自分を客観視するのを通り越して、自己認識が出来なくなるってことなのかな。
そんな話をしようものなら、馬鹿馬鹿しいと笑われるか変なこと言うなって怒られちゃうから、他の人には言わないでいるけど、興味はあるんだよね。
簡単にできることだけど、試してみるのはちょっと怖いし、それでなくてもメンタル弱々だから、これ以上オカシクなっても困る。
どう思う?
ちょっとだけなら試すのもアリかな?
それともやっぱりやめといたほうがいい?
ココだけの話、あなたもやってみない?
二人でさ、みんなには内緒で。
うん、そう、二人だけの。
「認知症の症状が出ていますね」
「やっぱり…… 一日中、ああして鏡に話しかけているんです」
『夏』
春はあけぼの
夏は夜
秋は夕暮れ
冬はつとめて
確かに夏は、昼間よりも夜のほうが風情を感じる。
闇の中をふわりふわりと飛び交う蛍なんて、そりゃ目を楽しませることだろう。
けどそれも、団扇一つでやり過ごせる程度の暑さなら、だ。
子供の頃は町内会で肝試しが催されたりしていたが、今なら余計な汗をかきに、わざわざ外へ出る気になれない。
そういえばその肝試しで近所の墓場まで行かされたものだが、あのときふよふよと浮いていた青白い火は…………まあ、いいか。それも夏の風物詩だ。
『風鈴の音』
その家には、南部鉄の風鈴が下がっていた。
夏も冬も関係なく、一年中軒先に吊るされて、無骨な見た目に似合わぬほどの澄んだ音を鳴らしていた。
私も近隣の住民もそれが当たり前で、うるさいだのなんだのと文句を言う人はいなかった。
台風の時だけは、けたたましく鳴る音に、紐が千切れてどこかへ飛んでいってしまうのではないかとハラハラしたが、翌朝になるとこちらの心配など素知らぬふうにまた音色を響かせているのだった。
ある日、風鈴の音がしないことに気がついた。
その頃には既に自然音のひとつとなっていたので、いつから聞こえなかったのかはっきりとしない。
ただ、回ってきた回覧板に、あの家で不幸があったことが知らされていた。
それ以降、その家は空き家となった。
他の荷物と一緒に、あの風鈴も外され持ち去られたようだった。
風鈴の音のしない夏が続いている。
たまに、チリンチリリンと澄んだ音が聴こえる気がするが、きっと幻聴だろう。
『心だけ、逃避行』
人は、他人の話を聞くとストレスを感じるらしい。
逆に自分が話すのは快感なのだとか。
なるほど、確かに気持ちよさそうに喋っているなぁ。
すれ違いざまに軽く挨拶しただけのご近所さんは、なにを思ったのか私を離してくれなかった。
お天気の話から家族のこと、昨夜の献立から何から、かれこれ15分以上話し続けている。
やんわりと立ち去ろうとしては、逃がすものかと捲し立てられるの繰り返し。
もう相槌も打っていない。
頭の中にあるのは別のこと。
この後の予定のことや、忘れずに買ってこなければならない物のこと。
ついでに見て回ろうと思っている場所や、贔屓の作家の新刊のこと。
さて、そろそろ本当に立ち去るとしよう。
このままだと、物理的に相手を黙らせてしまいそうだ。
『冒険』
危険を冒すと書いて冒険という。
できれば何事においても平穏無事に過ごしたい私とは、無縁の言葉だ。
せいぜい、散歩のときに普段行かない路地にちょっと足を踏み入れるとか、いつもなら着ない色の服を買ってみるとか、耳馴染みのない異国の料理をファミレスで頼んでみるとか、そんなもんである。
それで十分。
それだって勇気とお財布を振り絞っている。
命や生活を脅かすようなこともなく、毎日がちょっと楽しくなるくらいがいいのだ。