『最後の声』
人は誰かを忘れる時、最初に声の記憶が薄れるのだという。
顔や表情、服の好みや食べ物の好き嫌いに性格など、いろんなことを覚えていても、声を脳内で再生するのは難しくなるのだとか。
高い声だった
低い声だった
掠れた声だった
綺麗な声だった
どれもイメージでしか思い出せない。
逆に、こうも考えてる。
私の声は、相手にどんなふうに聞こえているのだろう。
その人が私のことを最後に思い出す時、それが優しい声だといいな。
『小さな愛』
毎日の挨拶
少しの異変に気づく注意力
躊躇いながらもかけられる声
些細な気づかい
遠慮がちな心配り
黙ってそこにいてくれること
そういった日々の小さな物事を幾つも幾つも積み重ねていって、大きな何かに辿り着くのだと思う。
『空はこんなにも』
今日は何度も何度も、ゲリラ的に雨が降った。
そうかと思えばすぐに止んで、カーッと暑い日差しが容赦なく降り注ぐ。
堪らずに窓を開けると1時間ほどでまたザーザー降り。
ねえ、空ってこんなにもコロコロ変わるものだったっけ?
雨雲って、こんな住宅地の上で急速に発達するものだった?
昔語りは歳をとった証拠だけど、それでも言わずにいられない。
もう今から恐れ慄いている……
どうか、暑さで生死を彷徨わない程度の夏らしさを!
『子供の頃の夢』
オリンピックの陸上選手
――これは幼稚園の頃の夢
弁護士
――これは小学生の頃の夢
作家
――これは中学生の頃の夢
海外赴任の日本語教師
――これは高校生の頃の夢
言語学の研究者
――これは大学生の頃の夢
どこまでが「子供の頃の夢」と言えるのだろう。
幼稚園と小学生の頃の夢は、周囲に適性があると言われて漠然と思っていたやつだ。
中学以降はひとつの方向性が見える。
日本語という言葉そのものに強く惹かれているのだ。
成り立ち、歴史、語源、スラングにネット用語、流行語ets.
どれも興味深くて調べても調べても底が見えない。
さて、このうちのどれかひとつでも叶っているかどうかは……内緒。
『どこにも行かないで』
駅のロータリーに立っていた。
どうやら約束の時間には遅れてしまったようだ。
とあるアプリを通じて知り合った人達と、今日あることを決行するつもりでいた。
それなのに、どうして自分はこうなんだろう。
いつもいつも、ここぞという時にヘマをする。
今からでも彼らを追うべきか。
でも、追いついた時には事は終わっているかもしれない。
そうしたら、彼らの邪魔をしてしまう。
いつものように優柔不断に迷い続けていると、電源を切り忘れていたスマートフォンから着信のメロディーが鳴った。
「もしもし?! 早まるなよ! そこにいろよ! どこにも行くな! わかったな!」
こちらが一言も発しないうちに、言いたいことだけ言って切れてしまった。
あの人はいつもそうだ。
私の言う事なんてこれっぽっちも聞いてくれやしない。
あの人だけじゃない。
みんな私のことなんて見向きもしないし、どうでもいいんだ。
アプリで知り合った人達だって、私を置いて逝ってしまったし。
どうしようかと考えていると、ショートメッセージが着信を告げた。
「どこにも行くなよ、頼むから」
もう一度だけ、思いとどまってみようか。
あの人に、どうして私の居場所を知ってるの?と聞くために。