【静寂の中心で】
静寂の中心で、ぽつりと佇む。
君はもういない。君の生はもうここにない。
―――君は、今世の全てを終えたから…。
此度もまたかすり傷ひとつ残らなかった。忌々しいほど滑らかで、規則正しい振動を重ねる。けれどそれでも君は無駄だと知っていて、また繰り返すのだろう。
…いいよ。君と違って私には永遠がある。また君を探すのは大変だけれど、なにすぐに見つけてみせるさ。
君は私にとって………なんだ?
うーん…退屈しのぎのひとつかな?
それでも君と過ごす時間はとても楽しいから、まあいいか。それこそ退屈なぞ無縁だよ。
―――ああ、また歯車が回り始めたね。
これで君もまた新たな生を受けるだろう。
…さて、それでは君を探しに行こうか。
ここは………静かすぎるから。
【燃える葉】
燃える葉、火柱を上げる樹木、美しい庭園は火の粉に彩られ、わたくしの愛した邸宅が崩れ落ちる。
都は荒れ果て、人々は逃げ惑い、僧兵が大路を駆けずり回る。刀を振る彼らは、老婆を切り捨て、幼子を刺し、屍を踏みつけながら御所へと向かう。
のちのちの歴史よ、語るがいい。
いくら平家が悪しく描かれようと、いくら木曽が源氏が持て囃されようと、小さな真実はここにある。大きな歴史の前に、わたくしの真の歴史はここにある。
わたくしは平家の女ではない。けれどわたくしの夫はかの棟梁となるべきお方のお側に仕え、その強さと誠実さを誰よりも知っているのです。
だからこそわたくしはこの歴史を伝えたい。
小さな歴史を、決して忘れてほしくはない…と。
【moonlight】
moonlight、月明かり。
君の顔がよく見える。
私の好きな君の顔。
少し釣り上がった目元、きりりとした眉。
筋の通った鼻、弓なりにしなる薄い唇。
細くてさらさらな髪、風に揺れて柔く靡く。
その隣を歩く私が、私は好きだった。
【今日だけ許して】
今日だけは許して? …なにを、って?
あなた以外の人を想うこと、愛することを。
今日は私の大切なあの人が産まれた日なの。
だから1年間…365日のうちの1日くらい、
あなた以外の人を想ってもいいでしょう?
だって、あの人のおかげで私は私に確立し、
あなたと出会うことができたのだもの…。
【誰か】
私はここにいます。
誰か私を見つけてください。
私はここにいるの…あなたの前に。
私の視線から目を離さないで、
私の涙をないものにしないで、
私の声をしっかりと聞いて、
私の手をすり抜けないで、
私の身体をしっかり抱いて、
私の近くから遠ざからないで、
私はここにいるのです。あなたの側に。
もしも誰かが――たとえばあなたが、
私を見つけてくれないのならば、
私がここに存在したその確かな証明を、
いったい誰がしてくれるのでしょうか。