春子へ
春子が上京してもう2年が経つね。大学進学を機に実家の大分から離れて、初めての一人暮らしで心配していたけど、どうやらうまくやっているみたいじゃないか。
忙しいのはわかるけどたまにはこっちに帰ってきなさい。家内も春子の顔を見たがっているよ。
私たちはいつも待っているから。この場所で。
父より
花にはたくさんの意味がある。いわゆる花言葉ってやつだ。でも僕は花言葉に興味がない。どれも大体同じ意味だからだ。「愛してる」だとか、「感謝」だとか、前向きで聞き心地のいい言葉ばかり。それならどんな花を選んだって変わらない。花屋さんに行って綺麗なもの選ぼうと目に止まった花が勿忘草だった。
わたしは小さな公園にあるブランコ。
もうボロボロになって、みんな乗ってくれないの。
手でつかむところはさびてるし、座るところはきれいとは言えないし。はやく整備してほしいなー。
でもそんなわたしに、今日乗ってくれる子がいたの!
わたしはその子に喜んでもらいたくて、キィキィと大きな音を出したわ。
その子と一緒に来ていた大人が、驚いちゃったのか、わたしから引き剥がすようにその子の手を引いて帰っちゃったの。
わたしきみのこと楽しませるから、明日も来てくれるといいな。
僕は散歩が好きだ。同じ道を歩いていても体調や気分によって見え方が全く違うからだ。それがどうしても不思議でまた散歩をしてしまう。
今日もいつものルートの道路の狭い住宅街を進み、前方の十字路を渡ろうとしたその瞬間、左側から車が猛スピードで通り過ぎた。頭で考えるよりも先に体を後退させ、衝突を避ける。バランスを崩し、尻餅をついた。飛び出してきた車に文句を言いたかったが、頭が冷静さを取り戻した頃には、車はもう見えなくなっていた。今更痛覚が戻ってきて、倒れる時に打ったと思われる腕や足が痛かった。今日の散歩は最悪だ。さっさと帰ろうと腰を上げようとしたそのとき、
「あの、よかったらこれ、使ってください」
いつの間にか目の前にいた女性がハンカチを差し出してくる。僕はうまく言葉が出てこなくて、愛想悪く受け取ってしまう。彼女は急いでいるのかすぐに立ち去ってしまった。
翌日、僕は昨日と同じ時間に散歩する。彼女にハンカチを返すために。