【これまでずっと】
これまでずっと、私は薄暗い部屋の中に1人だった。
モノクロの世界で1人、ただ同じ毎日を繰り返すだけ。
朝起きて、検査を受ける。
実験といって大人達は薬を飲ませてくる。
苦い、ふわふわする。
大人達が何か書いている。
…それの、繰り返し。
これまでずっと、施設と呼ばれる場所だけで暮らしていた。
でもある日…その施設は燃えてしまった。
大人達は皆、私を置いて逃げていった。
「監視がいない、逃げるなら今だよ」
どこからかそんな声が聞こえた。
逃げる。逃げる?…どこに?
どこに行けばよいか、どうすれば良いか何も分からないけれど、私の足は外へ。
初めての外。初めての自由。
あの声の人を探したら、何か教えてもらえるかな。
どこにいるのか全く分からないけれど、きっと、近くにいるはず。
もし会えたら、これからはモノクロの世界は変わるのかな。
【1件のLINE】
ピコン、とメッセージを知らせる音が1つ。
足を止めてスマホを見た。
『今何してるの?』
好きな人や仲の良い友人からであれば嬉しいものだが、仲の悪い身内からのもの。
─はぁ。
眉を下げ、小さなため息が出た。
無視したいけど、それをすれば鬼のような着信と追いメッセージを送ってくる。
嫌だなぁ。でも、話したくもない。
表情が曇った私を見た友人達は心配そうに「何かあった?」「大丈夫?」と声を掛けてくれる。
優しい子達だ。笑顔を作って「何でもないよ」と返し、再び歩き出した。
あの家にはもう帰りたくない。
スマホの電源を切ってバッグの中へ。
送られたメッセージが『昨日は叩いてごめんね』だったら、帰ったかもしれない。
もう二度と、あの場所には帰らない。
【目が覚めると】
朝、目を覚まして
私はいつも「まだ生きていた」と思ってしまう。
目を覚ましても、周りからは冷たい目。
目を覚ましても、いない者のように扱われる。
目を覚ましても、つらい人生。
現実なんて見たくない。
再び目を瞑った。
目が覚めたら、違う世界にいたら良いのに。
目が覚めたら、愛される人になっていたら良いのに。
目が覚めたら、幸せな人生を送れたら良いのに。
願うだけなら許されたい。
普通の人の、普通の人生を送りたい。
目が覚めたら…を願って、私は今日も眠りにつく。
休日の二度寝だけが、私の幸せ。
【私の当たり前】
朝起きて、身支度を整えたりご飯を食べたり、ニュースを見てから家を出る。
いつもの道を歩いて、いつもの電車に乗って、いつもの場所へと向かう。笑顔で挨拶。
与えられた事をこなして、言われた通りにやって。たまに怒られて。
定時で帰れないのは当たり前。
スーパーによる体力がないのは当たり前。
真っ暗な部屋に「ただいま」と言うのも当たり前。
1人でご飯を食べるのも当たり前。
このくらい当たり前にできるでしょう?
こんなのできて当たり前。
普通の人なら当たり前にできるよね。
いつも聞く言葉を思い出して、胸が苦しくなった。
その当たり前が、普通が、……私には苦しい。
見えないもの程理解されにくい。
私が持っているものは、普通の人には分からない。
当たり前にできる力が、欲しい。
普通の人の当たり前を、私も当たり前にしたい。
【街の灯り】
コツ、コツ…
外灯にぼんやりと照らされた道を歩く足音が1つ。
つい数日前までは、他に2つあった。
…生涯を共にしようと約束した者と、その子ども。
仕事を終えて帰ってみれば、家も、家族も、2人の未来と共に全て消えていた。燃えカスになっていた。
愉快犯による放火のせいで、私は何もかも失った。喪ってしまった。
復讐?考えた、考えたさ。
したところで2人が帰ってくるわけがない。
そう考えれば、復讐の意味なんて……ない。
灯りが消え掛けている。
私が消えるのも、もう少しだ。
街を出て、浜へと向かう。
─今日は月がよく見える。
ちゃぷ。…入るにはまだ少し冷たいや。
3人で海に行く約束を果たせなかった事が心残りだが、いないものは…しょうがない。
外灯と私の命、どちらが消えるのが先だろうか。