幸せになりたい。
彼女はそう言って、つまらなそうに口を尖らせた。
けれどしばらくして、慌ててさっきのは間違い、ちょっと口が滑ったの、と取り繕った。
その時、僕は少しの違和感を覚えながら、君は幸せで良いね、と脳内で毒付いたことを覚えている。
だって、僕から見た君はずいぶんと幸せに見えたから。
一ヶ月に一度は美容院に行き、毎日メイクで着飾って。服も季節に合わせて新しいものを買っている。友達も多くて、クラスで浮いた僕なんかを気に掛ける余裕まである。
それを幸せと呼ぶのかは到底わからないけれど、彼女は幸せ、確かにそう見えたのだ、僕には。
……ごめんね。
いつだったか、彼女からLINEでそんなメッセージが届いた。
そして、ニュースで彼女の顔が映し出される。
【都内在住の〇〇容疑者が、親を殺したのち自害】
要約すると、このような内容だった。
僕は食い入るように画面に近づいた。
信じられなかった。
ニュースに出た彼女は学生時代の面影を残しながら、苦しそうに笑っていたから。
聞くところ、彼女は父親から虐待を受けていたらしかった。
タバコを押し付けられ、性的虐待を受け、弟に浴びせられる暴力を全て肩代わりしていたそうだ。
遺体の顔には大きなあざがあったと、アナウンサーは言う。
そこでようやく、合点がいった。
彼女のメイクは厚かった。
思えばそれはあざを隠すため。
彼女の髪は常に長くて、絶対に結ばなかった。
思えば首を見られるのを過度に嫌っていたから、首にも怪我があったのかもしれない。
彼女の服は新しくてほとんどが長袖だった。
思えば傷まみれの肌を出さないようにしていたのかもしれない。それでも違和感がないように、弟の食費を賄うための働き詰めた給料で季節に合ったものを買っていたのだろう。
思い違いであって欲しいけれど、そんなことはあり得なかった。
彼女の家を訪問すると、そこは廃墟と化していた。
もっとちゃんと話を聞いておくべきだった。
あの「幸せになりたい」の言葉は彼女が無意識に零したSOSだったのかもしれなかったのに。
僕は何度泣いたのかもわからない目を擦って、沈黙するスマホを眺めた。
彼女からの最後のメッセージの続きを、見つめた。
「ごめんね。
君は、幸せになって」
自分の幸せを願えよ、なんて言う資格は僕にない。
でも、どうか、君の来世は幸せでありますように。
僕は嗚咽を押し殺して泣いた。
何気ないふりで僕の髪をかきあげる君が好きだ。
頬に指を滑らせる君が好きだ。
自然に気遣ってくれる君が好きだ。
何気ないけど、それが全て愛おしい。
見つめられると緊張する。
心臓が鼓動を早めて、きゅう、と締まる。
喉が引き攣って、ろくに声も出なくなる。
こんなので私、生きていけるのかな。
ないものねだりしないの! と、母は言う。
世の中のほとんどはないものを手に入れるために、お金を稼ぐのにも拘らず。
ないものを自分にねだらなければ、何もできない人間になりやしないだろうか。
まぁ、所詮は屁理屈だけれど。
好きじゃないのに、好きだと言わなければいけない時がある。
そういう時は、外から見た自分が嘘で構築されているなぁ、なんて思ったりもする。
嘘なんてつきたいワケじゃない。
でも、つかないといけない時が、一定数あるのだ。
なんか、悔しい。