22時17分

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9/30/2024, 9:23:09 AM

静寂に包まれた部屋で読書をしていた。
鬱蒼とした森の中。
ログハウス的小屋の中でのひと時だった。

主は人間ではない見た目をしている。周囲の山村のいうところによれば、魔女扱いされている。
たしかに人間の寿命以上は生存しているものの、人間の寿命の延長線の範疇にある。
というか、昨今の人間たちは生き急げとしすぎている。
睡眠を削るとは、寿命を削るのと同意味だ。
と、主はみゅにゃみゅにゃと寝言を言っている。

誰がどう見ても昼寝をしている、と思うかもしれない。
本の位置は寝転んだ顔の上にあり、主の顔を隠している。金色の紡糸の英字の筆記体。タイトルがそれの表紙を上にして、伏せられた状態にあった。

難しい本を選んでしまった、というのが寝ている主の意向である。
しかし、本格的に本を読む前からハンモックにて寝転んでおり、予想通りハンモックの虜となっていた。
ハンモックに隷属して少なくとも数時間は経つ。
そもそも読書をやろうという意識の量は、あまりにも儚かった。

部屋の雰囲気に人工的物体は特にない。
木の根が張り巡らされた壁面には、主愛蔵のコレクションが飾ってあった。書物が最も多い。厚さ薄さ関係なく、物語は一級品である。

そこへ、さああ、と音がやってきた。
「……んあ?」
主へ音に呼ばれて目をこすり、伏せていた本を落とす。
何ページ読んだのか分からない状態になって、パタンと本は閉じる。

寝付きの悪い主は、やはり目覚めも悪く、低血圧低血糖ときている。数十秒間、上体を起こした状態で、音を立てた者を窺った。落ちた本はそのままにした。
一人、二人、三人……
見知ったものではなさそうだと思うと、壁にかけられたひと振りを手に取る。
三日月がそのままの形、そのままの色の武器。
小柄な主の身長に対し、二倍はあるだろうか。

「誰だい、俺の縄張りに入ったのは」

そう呟いて、スキルを行使した。
瞬間移動。するともう、射程圏内。
敵の背後を取るのは簡単だ。軽々と鎌を振るう。
先ほど読んでいた本の冒頭部分を頭のなかでそらんじた。
さあ、狩りの時間の始まり始まり……。

9/29/2024, 6:55:50 AM

別れ際に最後の道連れ。
若い男女は、ともに相手の首に手を回しながら絡み合う。そして、棒倒しのように湖に飛び込んだ。
平日を休んでの逃避行の果てだ、と男の方は思った。

最後の空は夕焼けの色を呈していて、その一部が湖の水に映り込んでいた。
引き寄せたほうは女からだった。
いつもそうだ、と男の方は思った。
意気地なし。最後まで意気地なし。
自分を悪罵しながら身体が沈んでいく。

女の青いロングスカートで、足先はまったく見えなかった。ザブン、と音を立て、湖の水に触れるや色と服が水の中に溶けていく。煮溶けた肉じゃがのように、液体に負ける固体。消える。
夕焼けの赤さと彼女の青さ。それは年齢も込みである。だからこんな無謀な結末となったのだ。
夕焼けの色は実は戦争末期であり、この国の滅亡寸前を示す色彩である。
だから、だから男の方は意気地なしなのだ。
男は国のために死ぬことすらもできぬ。
身体が軟弱であり、一方資産家の令嬢である彼女はロマンスを求めた。それ故の逃避行の決断者であった。

湖の深度が深まるごとに、彼女の姿を覆い隠すようだった。服は糸がほどけたようになり、彼女の本来の色がむき出しになる。
それを見ていると、意外と呼吸は苦しくない。
これから苦しくなるのだろう。
そう思えど、そう思えど。
どこか忘れている。
世界の一部が終わろうとしているというのに。
思考はとめどなく溢れている。
死を後悔しているのか。この決断を躊躇っていたのか。それだけは違うと理解できた。
何なのだろう。
もうこのまま湖の底に沈積して、時代に忘れられる化石燃料になってしまえばいいのに。
しかし、頭の方までは化石にならず、意識は、はっきりとしている。

ねぇ、と女の唇は水中で動く。
生きていた頃、吸い込んでいた濁った空気が、口から男の方へ。ぽこりと大きく発泡する。
泡が頬に当たり、視界が……

いつまで寝ているつもり……?
そう口が動いているのをみて、視界が覚醒する。
一気に浮上する感覚。
男の身体が軽くなり、湖底から見上げるようにすると、石のようになっていた意識から目覚めることができた。

長い間、病室のベッドで眠っていた男はついに、ベッドのそばで待ちわびた人を一目見ることができた。
あれは、夢だったのか……?

その顔を見ると、随分と待たせたようだった。
澄みわたるほどに空は青い。その色は平和。

9/28/2024, 6:03:44 AM

「通り雨だ!」
日本に帰国したばかりのその日。
鬼気迫る声で、轟くように誰かが言った。
ただの通り雨で、どうしてそんなことを言うのだろうと男は道ばたを歩いたままでいた。この国のアスファルトはどうしてこんなにもひび割れているのだろう。税金の使い方がなっていない。
などと、どうでもよいことに気を取られていたのかもしれない。

「危ない!」
「えっ、うわっ!」

男は突然誰かに肩を掴まれた。
びっくりよりも先に、そのままの調子でビルの軒先まで引きずられる。誰かは、男よりも年下の見知らぬ人。着古したシャツが汗と汚れでよれよれである。

「ふぅ、危ないところだった」
「な、なんなんですか一体……」

誰かは重い雨戸のように唇は重厚であり、切れ長の目は雄弁に語る。ほら、空を見ろ。と言っているように。

男は空をみた。
同じ場所、同じ色。暗雲垂れ込める空。
空の端から見違えるような暗闇の雲がやってきた。
自然の増幅装置を伴って、この街の真上に来た。

この雨は神社の鐘の音を鳴らすようなものだ。
普通の雨が増量しただけのものが短時間にわたって降雨するものだ、と男は踏んでいた。

にわか雨、夕立、驟雨。
スコール、通り雨、それから、ゲリラ豪雨。
災害級の瞬間雨量。
それでも時間には勝てない。
時間がある程度経過すればよい。
しかし、降ってきたのはそのどれでもない、別の物だった。

雨に混じって黒いシルエットが見えた。
矢のように長く細い。あるいは雨の影よりも長い。
上から下へ。
雨なら細かくて、やがて地面に吸収される。
けれどもそのシルエットは地面に触れたままの状態でいた。

槍が降ってきた。
ピストルが降ってきた。
飛行機の残骸のような、大きな金属片が降ってきた。
油のような、タールのような、環境に悪そうな液体もあった。
水たまりではなく、油膜の張った液体たまり。そして戦争と暴力の象徴……。


「こ、これは……」
男は目と口をあんぐりしたままになっていた。
ただの通り雨だ、傘をさすほどでもない。
そう思ったままでいたら、脳天から足先までズタズタに斬り裂かれていただろう。

「その様子だと、あんた、もしかして海外に行ってたのか」
「え、ええ、1年ほど。今日帰国したばかりなんです」
「この国はな、変わっちまったんだよ」
「1年で、こんなにも変わるものですか……」
「いや、1年じゃない。もっと……、もっとだ」

通り雨は止み、通り魔のごとく過ぎていった。
暗雲の塊は雷の点滅具合とともに進路は混迷し、突き進んだ。
おびただしいほどに突き刺さった武器の残し、雨宿りの二人は立ち尽くしていた。墓標のように見えたからである。

9/26/2024, 1:31:35 PM

秋は、秋も飽きっぽい。

と思えるほど、短縮営業注意報。

秋の風を嗅いで、過ごしやすさを心も身体も感じていきたい。

9/26/2024, 3:51:53 AM

窓から見える景色は木の桟橋。
今しがたエンジンが入った。
船内は華やかなBGMが充満しており、これから限界集落の島から離れる事実を、なんとかかき消す作用をしている。
六割強の席が埋まり、家族連れが多い。
そのため、外よりも内に注意の目は動いていた。

一席に座り、外を見ていた。
船の窓より見通せる外の景色は、海の上に立つ桟橋と海を捉えていた。桟橋の根元はコンクリート。寂れる港である。
自身の乗っている船のエンジン音が一段と強くなり、機械がぐんと気合を入れたようだ。
やがて動き出す。ゆっくりとした時間をかけて、ゆっくりとバックする。大げさなエンジン音が水面下で火を吹くようだった。
船はバックして、徐々に桟橋から離れていく。
桟橋の待機人は、繋留紐を素早く手繰り寄せている。

一方、船はというと緩慢とした動き。
車両なら、トラック三台が発車していることだろうに。
船のUターンは海上故に、それ以上の穏やかで叙情を感じさせた。

瀬戸内海の穏やかな海側の水。
その水をかき混ぜる船の白い泡。
それに紛れて……

窓から見える景色は桟橋。
桟橋の下。海と、船のかき混ぜられて流された白い泡に隠れるように、誰かが捨てたであろうコカ・コーラの赤いラベルがふよふよ浮いていた。

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