この部屋から出たら、
この時間が終わったら、
その続きを考えたくなくて、
指先の温もりと甘い言葉に縋り付く。
#夢を見ていたい
君がいるから平気だった。
コートのポッケにふざけて手を入れて
その中で手を握るのが好きだった。
2人共冷え性だから全然温まらなくて
鼻をすすりながら一緒に歩いた。
君と最後の日、改札前で握手をした。
君の鼻は赤くなっていた。
お互いの心は決まっていて、
なのに、君の柔らかくてちょっと冷たい指先から
そんな思い出がこぼれだしてしまったんだ。
#寒さが身に染みて
「色とりどり」は強敵である。
化粧品売り場に行ったときのことだ。
その日は丸腰で前情報を持ち合わせていなかった。
売り場はブランドごとに整列されていた。
ローズ系の口紅は視界に入るだけで数種類、
ブランドを変えれば星の数ほどに感じられた。
アイシャドウパレットは私を誘惑し戸惑わせた。
「可愛い」と手に取った瞬間に
「いや、似合うのか。使いやすいのか?」
「そもそも自分はイエベなの?ブルベなの?」
「この値段はリピ買いできるか??」
の問いが繰り返される。
口コミや似合うパーソナルカラーをすぐにでも調べたいが、今日は一人ではない。
後ろから健気についてくる恋人は、
「ゆっくり見てください」のスタンスだが、
いつ「全部同じ色じゃん」なんて
疲れ果てるか分からない。
一つの情報も取りこぼすまいと
青ざめて目をぎょろぎょろさせながら、
店をぐるりと一周した。
そして様々な色と選択肢に圧倒され、疲弊し負けた。
次こそ準備を整え入店しようと
化粧品売り場を後にしたのだった。
#色とりどり
味噌汁なのかもしれない。
もっと詳しくいえば、赤味噌のしじみ汁だ。
「好きな食べものは?」と問われても登場しない。
「食べたいものは?」と問われると浮気してしまう。
だけど、ひとたび食卓に登場すると、
心の隅々までにいきわたる。
「ああ、帰ってきた」と思える。
漁港で生まれ育った猫は一生魚を好み、
肉屋の看板猫は一生肉を食べる。
私も一緒なのかもしれない。
なんの変哲もない、
レトルトの味噌汁が深い幸せに繋がっている。
#幸せとは
AM2:00
年に一度の音楽番組も
ぬくい布団も投げ出した。
窓の外は暗闇が深くて、
おにぎりは胃もたれしてしまう。
ニュース番組には知らないキャスター。
今更になって荷物を全部取り出して確認する。
そのうちエンジン音がして
雪道へ出発した。
恐ろしい森の入口
謎の野生生物
星の降る階段
「ダンジョンみたいだね」と笑った。
新しい西暦を雪に書き込む
興奮と眠気で喋ったり喋らなかったりしながら、
街を見下ろした。
吹き付ける風に足や耳が取れそうだ。
だが誰一人、不満を口にしなかった。
暗闇に赤い筋が灯る。
ゆっくりだけど早い。
私達とは違う時間の進み方だ。
ただ、なすがままに私は万歳をし、
オレンジ色に包まれていった。
#日の出