ねぇ、覚えてる?
あの日、逃げて逃げて逃げて逃げた先のあの日。
オレの邪魔ばかりしていたアイツに連れられて、今日もオレはまだ見ぬ天国か、地獄か、もしくはそれ以外への道を歩いている。
ただアイツと2人連れ立って歩いてるとはいえ、何か会話があるわけでもない。
だからだろうか。時折、夢を見るのだ。
そしてその夢をみるときは決まって「最悪」なことになるのだ。
夢を見る。夢の中にはオレとあの子がいる。
ねぇ、覚えてる?
それがあの子の口癖だった。
この道の先に何があるか確かめに行こうよって誘ったことだろうか。
それとも、あの日した約束のことだろうか。
それとも…、
思いつく限りを言葉にしてみる。
そのどれもにあの子はただただ笑ってその言葉を繰り返す。
ねぇ、覚えてる?
ごめん、ごめん……
実はもう君の「声」を思い出せないんだ。
まだ笑顔は覚えてる。
口癖も、交わした約束も、思い出は全部全部。
あの子はどんな声でその口癖を話していたのだろうか。
あの子はどんな笑い声を上げていただろうか。
あの子はどんな声で、約束を、交わしただろうか……
ねぇ、覚えてる?
覚えてない…もう何もかもわからない。わからないんだ。
ふと懐かしい香りがした気がして……
そこで夢は終わる。
心配そうなアイツに「夢を見た」そう告げて終わるはずの夢。
ただ今日はいつもと違った。
アイツが珍しく話したからだ。
「夢の続きだ」
それはオレの知らないあの子とアイツの話。
どうしてアイツがオレといるかの話。
――――――――――――――――――――――
あの子はいつも誰かとの思い出を話していたらしい。
アイツはそれを聞いていた。
「昔の話よ、ねぇ、貴方忘れてしまった?」
「昔々にした話。世界の終わりの話」
「貴方としたの、もしもの話」
「もしも、世界の終わりが来たら私は貴方と旅に出たいの。そうね、うんと壮大な御伽噺みたいなのがいいわ」
「私はね、貴方と旅に出るの。終わりのない道が続くのよ」
「私は貴方に誘われたいわ。何よ、一度くらいお姫様みたいなことしたいじゃない」
「貴方が誘うのよ、いい?絶対の絶対よ」
「そう、それで貴方が私を誘って、私は承諾するの。パパとママには内緒。そう二人きりの大冒険」
「二人きりで終わりのない道を歩いて歩いて歩いて、そして」
ねぇ、貴方。
覚えてるでしょう?
忘れてないでしょう?
私はね、貴方と旅に出たいの。
人生最期の旅よ。
でもね、貴方。
私は、貴方を縛りたかったわけじゃないのよ。
私もずっと見ていたわ。
誰かに降りかかる雨から助けようとしたのも
また明日を言えるような誰かと出会ったのも
全部見てたの。
全部見てたから気づいちゃったの。
貴方、私の声忘れちゃったでしょう?
だからきっともう私の声は届かないから。
ねぇ、この声が届く誰か。
誰でもいいの。
どれだけ時間がかかってもいいの。
いつか、いつの日か。
あの人の世界が終わる日に隣にいてあげてね。
意地っ張りで頑固なあの人が逃げても諦めないで。
そして二人で旅をしてね。私本当に楽しかったのよ。
そうだ!どうせなら1つだけ賭けをしない?
私実はこういうのやってみたかったの。
賭けの内容は、そうね。
「二人の旅の終わりの日に私の話をするかどうか」
この声が届く誰か、貴方はどちらに賭けるのか、そもそも賭けに乗ってくれるかもわからないけど。
私はしてくれるにかけようかなぁ。
私が勝ったら、そうね…、
『 』
ふふっ、どうかしら?
ねぇ、憶えていてね。約束よ。
―――――――――――――――――――――
賭けはあの子の勝ちだそうだ。
だからアイツはオレを見て。そして。
旅の終着点、夢の終わりを告げたのだ。
―――――――――――――――――――――
夢を見ていた。
長い永い夢だ。
逃げて逃げて逃げて逃げた先のあの日
今度こそと覚悟を決めたあの日。
アイツとした、天国か、地獄か、それ以外かに続く
終わりのない道の先の二人旅の未知の先。
最期の旅の終わりは至極呆気なかった。
あの子の夢の話をしたからか、それともアイツの気が変わったのか。
オレの世界の終わりに続くはずだった道の先。
行き先はどうやらまだ天国でも地獄でもない、どこからしい。
なぁ、君。
あの日オレの世界の終わりを邪魔した君。
約束をしよう。
君なら覚えていてくれるだろう?
いつかオレの世界の終わりが来たら君が迎えに来てくれよ
今度こそ君の声思い出すから。
そしたら君の声でまた聞かせてほしい。
『ねぇ、覚えてる?』
【オチを見失ったのでここまで】
誰にも言えない秘密はありますか?
そう訊かれてバカ正直に答えられるだろうか。
例えばそれが、幼い頃好きだった特撮ヒーローが好きな人や仲間に正体を伝えられないようなそんな秘密なら。
例えばそれが、誰かの大切なものを壊してしまったことを隠すような秘密なら。
例えばそれが、自分のためではなく大切な誰かから託されたものなら。
こたえられるだろうか。
自問自答を繰り返す。
特撮ヒーローはいつか正体がバレる。
壊してしまったものは謝れる。
託されたものだけは絶対絶対最期まで大切に護ろう。
だから、なにかあったら言ってね。
貴方が託してくれるなら私はきっとそれを受け取るから。
言葉じゃなくてもいいよ。
例えばそうだな。
梅雨の合間にたまたま晴れ間が覗いた日は、
言葉の代わりに一輪の花を持って会うのはどうかな?
秘密の逢瀬に相応しい花をお互いに持ち合おう。
誰にも言えない秘密を語り合う共犯者、いてもいいだろ?
それに
正直な話。
少し憧れていたんだ。
特撮ヒーローに出てくるヒーローの正体を知っているポジってやつに。
静かな街。
古めのアパートの2階。
玄関を開けてすぐ左側にはお風呂とトイレ。
台所は備え付けのミニキッチン。
ちょっと憧れてたロフト付き。
エアコンと洗濯機は前の住人の置き土産なんだって。
ベッドは少し悩んだけどセミダブル。収納もね、少し広め。
冷蔵庫は小さくていいかな。電子レンジは必需品!
料理苦手だからさ、買ってきたもの多くなるかもだし……
そんなふうに笑っていたあの日が懐かしい。
君とこの部屋で過ごした全部が大切な思い出。
好き嫌いが多いのはきみだった。
でもね、きみが嫌いなものは全部自分の好物だったよ。
きみも好きだって食べてたやつだったよ。
優しさだったのかな。
狭い部屋だった。
君と過ごすにはちょうどいい狭さの部屋だった。
ねぇ、いまは一人暮らしになったこの部屋は思ってるよりも広かったよ。
収納も、憧れてたロフトも、セミダブルベッドも
一人だと広くて寂しいよ。
それがどこまで続いているのか。
どこから続いているのか。
わからない
わからないけど、まぁ、続いている限りは進もう。
この道が続いた先にある未知まで行こう。
終わりなき旅が終わる先にあるものを確かめる旅に君と進みたいから。
絶対に言ってやるもんか…!
そして、絶対に絶対に絶対に言わせてなんかやらないんだから…!
物語ならきっとこれが後悔に繋がるんだろう。
言わなかった言葉や言えなかったことを後悔しながら生きていくのだろう。
でもこれは物語ではないから、私は自分の意地を通そうと思う。
どうしてこんなことになったかなんて、自分も相手もきっともう既に覚えてなんかいなくて。
ただ、私は絶対にあの人に謝罪をさせたくないし、謝罪を聞かせたくないのだ。
だから今日も私は意地を通すためにあの人を避けている。
あの人のことを思い出すとき、それはいつも困ったような顔と「ごめんね」その言葉がセットだった。
あの人は優しくて臆病な人。
そして、ズルい人。
優しいから、喧嘩が嫌いな人だった。
臆病だから、頭を下げることを厭わない人だった。
そして、謝れば許されると信じている、そんな人だった。
ねぇ、どうしてあなたが謝るの?
前に聞いたことがある。あなたは悪くないのに、と。
不思議そうに首を傾げられたっけ。
考えたこともなかった、と。
謝れば終わるから、自分は誰かが怒ってるのみるの嫌いなんだ。
そんなふうに言う相手を怒ることなんか出来なくて。
咄嗟に私はあの人の前から逃げたのだ。
謝ろうとするあの人の言葉から逃げたのだ。
そんなことを続けていても限界はある。
あの人からメッセージ。
「花を買ったんだ。君に渡したい」
添付の画像には、紫や青や黄色やオレンジの花が飾られてた。
「なら、私からは」
イエロー・パロットを贈ろう。
私はあなたの謝罪を聞きたくないし、聞かせたくもないのだから!
モスコミュールにはまだ早い。
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あとがき
あの人が送った花は、
紫のヒヤシンス
青のヒヤシンス
黄色のヒヤシンス
カンパニュラ
カリフォルニア・ポピー
https://www.ccact.org/hanakotoba/19512/
こちら参照しました。
「私」のカクテル、変えました。
「モスコミュール」のカクテル言葉は、「喧嘩をしたらその日のうちに仲直りする」
「イエロー・パロット」のカクテル言葉は、「騙されないわ」です。
カクテル変えないほうがよかったかなぁ…。