「うわあ、雨かー……」
今日の予報にはなかった雨に、隣から嘆く声がした。
「もー、勘弁して欲しいよ」
勇気を出して声をかける。
「よければ予備の傘、貸すけど……」
マジで!サンキューな!ラッキ〜、と一気に機嫌が治るのに、私も気分が上がりそうになるのを抑えて、ちゃんと返してよね、と冷静に答える。嘘、返ってこなくてもいい。
「せめて体育の後に降ってくれたら……あ、止んできてないかこれ!」
「えっ?」
窓を見やると、じきにまた空が明るくなって雨も弱まっていた。まるで誰かがこの地に気まぐれに水まきでもしていたみたいに。
「よぉし、これくらいなら体育いけるっしょ」
「……無くなると思ってたのに」
どんまい、と軽く返されたところで予鈴が鳴り、会話は終わってしまった。
「勘弁してよ……、思わせぶりだな……」
気まぐれな通り雨を降らせてきた窓の向こうの空を、私は誰にもばれないように、軽く睨みつけた。
【通り雨】
祖母からメールが届いた。
『こんにちは。もうすっかり秋🍁になりましたが、体調を崩さずに頑張ってください。』
相変わらずシンプルなメッセージの下には、リスに木の葉が降り注いでいる動くイラストが表示されている。
祖母は、特別なときでなくとも、季節の変わり目や天候の荒れのときにもこういったメールを送ってきてくれる。これ、どうやっているのだろう。
祖母がついにスマホデビューした。相変わらずお年寄りにしてはしっかりしていて、LINEへの順応も早かった。
スタンプを使いこなし、前より動くイラスト技術も華やかさが増していた。だからこれ、どうやっているのだろう。
私は、あまり若者らしくなく未だにわざわざ綺麗に写真を撮って加工するとか、そのためにアプリをいれたりカメラ機能を調整したり光が当たる場所を選んだりするのが億劫で、それどころかこうしたLINEもわざわざ有料スタンプも買わないし、遊び心がなさすぎる。
こういうちょっとしたことも楽しむ気持ちがないと、いきなり、バイトなどで、若い女の子だから何かしら流行りに乗ったいい感じのイラストを書けるだろう、みたいな期待をされ頼まれたときに、それはもう申し訳ないものができる。バランスも彩りもやる気のなさがでていて、え、これだけ?みたいなものができるので全力で断って他の子にレジ変わるから、と頼む。
感染症対策で、マスクをつける情勢になったときも、メイクをサボりだした私と違って、祖母はマスクの上端に、小さなピンやマグネットが付いた飾りをつけてマスクをつけるのにも楽しみを持っていた。
頻繁に遠いこの家に来なくていいと言ったり、誕生日もお金を振り込んで、お祝いの電話をくれるだけで終わる祖母は、特に体調を崩しておらず、ネットにも弱くない。人の世話を必要とせず、息子の嫁の母にも、悪い意味の干渉はしない。良い意味でドライだが小さなところに楽しみを見出す祖母らしさが、シンプルなメッセージと華やかに動くイラストに表れていた。
【秋🍁】
午前授業を終えた放課後、進路相談を終え、さあ面倒な用事が終わった、帰ろうと昇降口を目指し階段を下りる。
「なんでもいいから、もっと真面目に考えなさいよ。まだいくらでも、どうにでもなるんだから」
私が何も決めていないせいでほとんど雑談しかしなかった面談時間の最後、先生はそう言って色んなパンフレットを手渡してきた。
「どうにでも、ね……」
学校の階段の踊り場で立ち尽くす。窓からはだだっ広いグラウンドで豆粒くらいの生徒らが走り回っているのが見えた。無声映画を観ているようで、校舎に私一人しかいないような気になる。
アイス買って帰るか、と私は太陽が眩しいその窓枠のなかの景色を見て、映画館のスクリーンの光を受ける薄暗い座席のように暗い校舎を抜け出した。
【窓から見える景色】
形の無いこの気持ちに、輪郭をつけるように書くこのときが一等楽しい。
【形の無いもの】
ジャングルジムの頂点に上っては降ろしてと叫ぶ夏
【ジャングルジム】