明良

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8/18/2024, 12:46:12 PM

「鏡見てこい」という台詞を聞くと一方では、
「自分で見る鏡のなかの自分は実際より3割増しで良く見える」という話もあるからなあ、とも思う。
鏡で己の真の姿を自覚できるものなのか。
しかし鏡は前を向いたままの自分自身の目でみることができない、後ろの光景をみせてくれる。

後ろの人たちがお前をどんな目でみているか見てこい、ともとれるのではなかろうか。

そんなどこにも着地しないことを、鏡越しに後ろの人と目が合わないようにしながら鏡を見つめて前髪を直した。

【鏡】

8/17/2024, 12:02:53 PM

正直使わないし何かが気に入ってるわけでもないんだけど、みたいな物がたくさんある。

誕生日プレゼントとしてもらったけど欲しかったわけでも使う予定もないものだとか、友人の付き添いで行ったライブのグッズだとか、旅行先で買った置物とか、全巻買い揃えてたけどもう読まないだろう漫画とかだ。

捨てても人にがっかりされるわけでもない(そもそも忘れられている可能性の方が高い)、スペースはいくら空いてもいいし、むしろいきなり大型家具をおけるくらいの余裕がある方が緊急時も掃除にとっても良いはずである。

物は記憶を思い起こす役目ももつ。捨てたらもうそこにしまうまでの思い出も忘れて、自分には何も無かったような気になってしまうのではないかと考えてしまう。
そして、スペースが空けて代わりに置きたいものもないし、とまた元に戻してしまうのだ。

卒業アルバムや誕生日に貰った手紙をさっさと捨てられるような、その時その時を生きるような、合理的な人間にちょっと憧れながら。

【いつまでも捨てられないもの】

8/16/2024, 2:42:28 PM

誇らしい、と自分で言うのも、他人に言われるのも、なんか違うなぁ、と思う。
誇らしいことというと仰々しく聞こえるので、言い換えるなら誇らしいとは、「よくやるものだ」といった感じだろうか。

ピアノを早く上手く弾けるようになりたくて同じ小節を躓かずに弾けるようになるまで100回弾くのを繰り返したり、とにかくお金が欲しくて、朝5時に起きてバイトしてから大学の1限目の授業に出て帰宅した途端鼻血流したりしたことだとか。

夏休みをリズムゲームアプリの曲全制覇に溶かしたことは……わからないけど、よくやったとは思う。

【誇らしさ】

8/15/2024, 2:41:05 PM

きっとばれないさ、こんなに真っ暗だもの。

真夏の夜、そう言う君は光る月も星も背負っていない。
君の向こうには、目を凝らせば辛うじてあるといえるような、頼りない屑のような星々が散らばった暗闇と、それとの境界がみえない、静かに広がるインクのような海だけがあった。
街灯が、背後からじーーーーーっと、寿命が近い蝉のような音を放つ。安っぽい白い光が君の姿を不自然に照らした。

はやくいこう、もういくからね

何も言わない私を置いて、君は夜の海へ消えていく。
追いかけようとして、昼間は熱かった砂に足を出す。
いくら足を出しても全く海に近づけない。ぬるい砂漠に足をすくわれて、

深く息を吸い込んで、目をひらいた。
湿気を吸い込んだ髪に汗まみれの体は、昨晩自分がシャワーを浴びてしっかり髪を乾かして寝たのか疑ってしまうほどの不快さだった。
何度か寝返りを打ってこちらが現実であることをじんわりと飲み込む。
目を刺すほど眩しい白光の下が似合う君が、あんな風になる訳が無い。なぜ夢だと気づかなかったのか。

ふくらはぎに痒みを覚え、この暑さでも蚊が生きていることに苛立つ。今年はまだ刺されていなかったのに。
痒みを紛らわすために起き上がってふくらはぎを叩く。
めいっぱい鳴く蝉の声で、珍しく窓をあけて寝ていたことに気づく。
弱々しい潮風を感じていると、君から「今夜海に行かないか」と連絡がきて、思わずぎょっとして返信できずに固まっていると「花火の許可もらってきた!」と続いて連絡がくる。

また思わず力が抜けて、私は笑みを零しながらそのまま君に電話をかけた。

【夜の海】

8/14/2024, 5:08:45 PM

父は、毎晩私たちが寝静まった夜中に帰ってくる。そしてまだ外が少し暗い朝、家を静かに出ていく。会えるのはいつもより目が早く覚めたときだった。

急いで寝間着のまま階段を下りて、革靴を履こうとしている父より先に杖のように長い靴べらを取って差し出す。おお、おはようと振り向いた父を見送ったあと、すぐに鍵をかけることはせずに、外の門の先まで出てみる。駅に向かって歩いている父は、こちらに気づいたのか、曲がり角で振り返って大きく手を振ってきた。こちらも手を大きく振り返していると、今度は玄関の方向に向かって腕を横に振る。はやく家の中に戻れということだろう。私が家にひっこむまで父はこちらを向いたままだった。いったん、むこうから姿が見えなくなるところまで引き返して、再び歩き出す父を今度は本当に見送った。

父と長く一緒にいられたのは、五歳の夏休みだった。幼稚園に迎えに来た母が、自転車の前に妹、後ろに私を乗せて帰るとき、いつも私にいじわるをしてくる男の子が「まだお母さんの後ろに乗っているんだ」と馬鹿にしてきたことがはじまりだった。新品でピカピカの青いヘルメットと、同じような青色に白い雷のような模様が入った自転車が頭からはなれなくて、夜ご飯を食べているときもむくれていた。
そこで夏休みは午前中に父と自転車の特訓をすることになったのだった。

自転車に乗るのは思ったより怖くなくて、ペダルを踏みこんでスピードを上げればぐんぐん進んでいく。まだうしろもっててねと声をかけてみる。おう、と返ってきた声は小さくなっていて、もしや後ろの父は自転車を支える手を放していて、私はもう一人で乗れていたのかとブレーキをかけて振り返ると、汗だくで短い息を繰り返す父がすぐそこにいた。今まで本当に手を離さないでついてきていたらしい。
夏の終わりまで、なかなか手を離さない父に、もう離していいよと何度か言いながら自転車を漕ぎ続けていた。

幼稚園が再開した。自転車で母と同じスピードにはついていけないから、いつもより早く家を出る。坂を下るとき、少し冷たくなった風が前髪を吹き上げる。はやく着いて、この自転車をあの子より先に並べたい。

【自転車に乗って】

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