「海の底」
〇月△日
今日は君の誕生日。君の部屋をいーっぱい飾り付けして、たっくさんお料理して、ケーキも買って、二人で一緒にお祝いする。
それが当たり前だったのに、今となってはこの海辺で、君に話しかけることしか出来ない。
…私ね?よく漫画とかで見るようなアレ、ちょっと憧れがあったんだ。本当は何回もやろうとしたんだけど…勇気が出なくって、出来なかったんだぁ…でも今なら出来ると思うの。これで最後になっちゃうけど、また、会えるよね。
プレゼントは私!ってね
久しぶりに来たね、ここ
覚えてる?ここで貴方と初めて会った。初めてデートした。初めて…プロポーズされた。色んなところに行ったし、色んな景色を見てきたけど、ここから君と見る夜景が1番綺麗だった。
貴方が旅立ってから…長い時間が経った。
ここの夜景も、一緒に行ったカフェもそこで食べたチーズケーキも、君に貰ったこの指輪も…何もかもがどうでもよくなった。だから…
いまから、あいにいくね?
「阿須加ってさ、夢ってある?」
頼んだ物が来たやいなや、彼女は唐突に聞いてきた。「喫茶店に行こう」と誘って来たと思ったらそんなことを聞くためにわざわざ呼び出したのか?
その言葉をぐっと飲み込むと
『夢か…特にないかな』
と言った
「え、ほんとにないの?お金持ちになりたいーとか世界一周したいーとか」
チーズケーキを頬張りながら在り来りな夢を並べる。
『ないな。自分の将来とかよくわかんないし』
実際、これといってなりたいものもなければ、目標というものも無い。生きてさえいればいいと思っている。
けど…強いて言うなら
『強いて言うなら…いつまでもお前とこうして、喫茶店で無駄話しながら、紅茶を飲むことかな』
アールグレイの注がれたティーカップを向かいにいるそいつに向けながら僕は言う
「なぁにそれ、ちょっとかっこいいかも」
『なんだよ、悪いか?』
と彼女の顔を見ると頬が赤くなっていた。もしかして今かなり恥ずかしいことを言ったのでは?
この時、2人の間に流れた空気は僕のティーカップに注がれたアールグレイよりも甘く、熱いものだったと思う。
そんな思い出に浸りながら、今日も僕はあの喫茶店でアールグレイを飲む。
今はそばにいる彼女とくだらない話をかわしながら。
僕の記憶は僕だけのもの。