──あなたとなら何処へだって!
初等部に通っている頃、同級生たちが旅行へ行った話をしているのが羨ましかった。魔導機関車に乗って何処へ行った、ハイキングで竜を見た、精霊が眠る土地の美しい景色を見た、そのどれもが家族の温もりを纏っていて、自分には程遠いものだったけれど。それでもやっぱり、旅行の思い出話はきらきらとした輝きを持って耳に届いて、憧れてしまうのだ。
友人たちとだって、弟と二人だけだって構わない。一度でいいから旅というものを経験してみたいとずっと思っている。いや、思っていた。
だって、そんな無謀な願いがこんな形で叶うなんて、思ってもみなかったんだから。
(ココロオドル)
後日加筆します。
──この時間を楽しみに。
どうにか区切りをつけて、ペンを動かしていた手を止める。長い間書き続けていた指は思うように動かない。強張りをほぐすようにぷらぷらと利き手を振る。
「っんー」
ぐっと伸びをすると、全身の筋肉が緩む気がした。乾燥を訴える目を片手で覆って、細く息を吐く。
後日加筆します。
(束の間の休息)
──この手だけは絶対に離さない。
(力を込めて)
──美化された思い出だとしても構わない。
(過ぎた日を想う)
──きらきら、ぴかぴか。
ほら、あのおっきい変な形がオリオン座、あそこの二つをつないでこいぬ座、いちばん明るいシリウスが目印なのがおおいぬ座。
ベランダから見える空いっぱいにきらきら光る点々を指差して、母さんはせーざ、というものを言っていく。抱っこしてもらっていつもよりちょっとだけ近い夜の空は、こないだ買ってもらったこんぺいとうを敷き詰めたみたいだ。もしかして、食べたらあまいのかな。
「なあ、かあさんのせーざはないの?」
「んー、昔の人が作った話だからねえ。母さんはいないかなあ」
「むかしのひと?」
「古代魔法がまだ普通に使われてた頃の、母さんもじいちゃんもひいじいちゃんも生まれてないくらい昔の人」
こだいまほう、は、昨日学び舎で習った。すっごい昔に使われてた、すっごい強いまほう。
「なんでむかしのひとはせーざをつくったの?」
「さあ、なんでだろうねえ」
「かあさんにもわかんない?」
「母さんにもわからないことはあるの」
「ふうん」
ずうっと上を見ているせいか首が痛くなってきたなあ、と思ったら冷たい風がぴゅうっと吹いた。マフラーも手袋もない格好じゃ寒くて、母さんの首にぎゅっと抱きつく。
「そろそろ入ろうか」
「うん」
母さんも寒そうに首をきゅっとさせて、片手で窓を開ける。家の中は温度を上げるまほーぐが置いてあるからあったかいけど、床はちょっとだけ冷たい。
弟たちはどうしてるかな、と二人を見たくなって寝る部屋の方に走ると、ふとんには弟と妹が並んで寝ていた。寝てても起きてても、やっぱりほっぺたはやわらかそう。触りたい。けど、手が冷たいから起こしちゃうかも。
「寝る部屋に行くなら手洗ってか、らっ」
「わっ」
追いかけてきた母さんに後ろから持ち上げられて、手を洗うところの方に連れていかれる。
「かあさん、てーつめたい」
「外にいたからね」
「おれもつめたい」
「早く手、洗っちゃおう。この前あったかい水が出るようにしてもらったからね」
「まほーぐのやつ?」
「そう」
あったかい水で手を洗って、タオルで乾かす。よし、あったかくなった。これで触っても起きない。満足して弟たちのところに行こうとすると、また後ろから持ち上げられた。なんで。
「ほら、着替えるよ」
「えー」
「今日からもこもこパジャマなのに?」
「やった! きがえる!」
もこもこパジャマは寒い日にだけ着られるやつ。ふとんの上でごろごろするともこもこして楽しい。
「はい、手あげてー」
「ん!」
頭からかぶって顔を出すと、髪がぼさぼさになった。ぶんぶん振って直して、やっと寝る部屋に行ける。
「寝てるんだから起こさないようにね」
「はあい」
そっと弟たちのふとんに乗って、ほっぺたをつつく。おれも赤ちゃんの時はこれくらいやわらかかったのかなあ。
「……あふぁ」
きもちよさそうに寝てるの見てたら、おれも眠くなってきた。
明日は早く起きて、家にあるせーざ図鑑を見てみようか。それから学び舎に行って、帰ってきたら弟たちにあのあまそうなせーざたちの名前を教えてやるのだ。まだちっちゃい弟たちが風邪をひかないように、ぎゅっと抱きしめながら。
(星座)
少しだけ加筆しました。