うみ

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9/18/2024, 10:29:05 AM

 ──花畑で。


 あの方からプロポーズされた場所は、二人で初めてデートをした花畑でしたわ。

 デートなんて言ってみても、幼い時の、貴族の許嫁どうしの外出です。従者も護衛もいれば、彼らから遠く離れることも許されません。

 それでも、その頃の私にとっては特別だったのです。好きな方といっしょに過ごす時間は、あっという間に終わってしまうけれど。


 プロポーズのときのあの方の声も表情も服装も、カブスボタンの色ですら鮮明に思い出せます。
 ……求婚の言葉ですか?

 ふふ、それは私とあの方だけの秘密です。どうしても気になるのなら、あの方に直接尋ねてみてくださいな。




2024/9/21 #4

9/16/2024, 11:09:44 AM

 ──空が泣いている。

 あいつが泣くのを見た瞬間、本気でそう思った。
 

 泣いている人間を泣き止ませるのは得意な方だ。
 どうしてって、物心つく前から隣に弟妹がいるのが当たり前だったから。母さんと父さんが側から離れると、あいつらはすぐにふにゃふにゃ泣き出した。あやすのはもちろん俺の役目で、抱き上げて揺らしておもちゃを振って子守唄を歌って習いたての魔法でミルクを温めて……と子供なりに一生懸命やった記憶がある。顔をくしゃくしゃにして泣く弟たちをあやすのは骨が折れたけど、こちらに手を伸ばしながら笑う姿を見ると嬉しかった。

 その甲斐あってか、他人が泣いているときにどうすれば良いのかがなんとなくわかるようになった。ただ隣にいてやれば良いとか、話を聞くとか、背中を撫でるとか。別に俺が特別なわけじゃなくて、上の子供あるあるなんだろう。同じように弟妹を持つ友人にこの話をした時、深くうなずかれた。


 ──それなのに。俺は今、どうすれば良いのかわからない。
 
「なあ、もう泣くなって」
「うっ、るさ、いっ、ふ、」
 お前、そんな風に泣くんだな。泣くところを初めて見た。流れる雫をぬぐおうともしない、ただ口元を押さえるだけの泣き方がなんともこいつらしい。俺のローブを皺がつくくらい握りしめて、目にぐっと力を入れて虚空を睨みつけている。
「おーい……」
 泣き始めた時に渡そうとしたハンカチは拒否された。濡れた頬を指で撫でようとすれば振り払われ、抱きしめようとすれば腕で強く押し返された。どうしろっていうんだ。
「お、まえっ、の、せい、だ……っ」
「あー、うん。ごめんな?」
「ち、がうっ」
 え、謝ったのになんで怒るんだよ。困惑していると、寮室のどこともつかない場所を睨んでいた瞳がこちらを向いた。薄い水色と視線がぶつかる。
「なぜっ、いいかえさな、い」
「なぜって」
「くっ、やしく、ふ、ないの、かっ?」
 ぼろぼろ、と止まらないどころか勢いを増す涙に焦って、とりあえず震える背中を撫でる。いつもしゃんと伸びている背筋は少しばかり丸まっていて、でもこいつの品の良さは失われていない。
「……俺さあ」
「っ、?」
「けっこー冷たい人間なんだよ」
「な、にを、いう……?」
 多分、周りの奴らは俺がこんな性格だって思ってない。いつも笑っているのがまるっきり演技なわけじゃないし、誰かに好感を持たれるために人助けをしてるわけじゃないから。
 でも、その実俺の内側は意外と冷えていたりする。
 面倒事にはできる限り関わりたくない。困ってる人が居れば助けるけど、それで誰かの怒りを買うとかうっかり惚れられるとかは勘弁だ。たぶん、やろうと思えば無視できるし、その通りにしても俺の良心はほんの少ししか痛まない。
「あのなあ、俺は無駄なことに割く感情なんて持ち合わせてねーの。ほら、泣き止めって。俺が怒んないのは、あー……お前らといるのが楽しいから。その時間無駄にしたくねえ」
 名前も知らない奴になんと言われようが、何も感じない。目立つところでヒトの悪口言うのやめろよとは思うけど、それだけだ。
「ふ、……」
 絶えず頬を流れ落ちていた水滴が、だんだんとおさまっていく。さりげなくハンカチを差し出してみると、今度は断られなかった。
「さきに、言え……」
「え、だってお前いきなり泣き始めたじゃん。ムリだろ」
「うるさい」
 理不尽。止まった涙に密かにほっとしながら、僅かに赤くなってしまった目尻を冷やすように指を添えた。
「……なんだ」
 不審そうにこちらを見上げてくる瞳になんだか笑ってしまった。
 薄い水色。空の色とも呼べそうな瞳が何度か瞬きをすると、ハンカチで吸い取り切れなかった涙がころりと零れ落ちる。とっさに掬い取ってしまった雫に、うろうろと指を彷徨わせて、結局渡したままのハンカチに押し付けた。
「あーあ、赤くなってんじゃん」
「良い。後で冷やす」
「確かにお前なら簡単に冷やせるだろうけどさ」
 水魔法ってのは便利だ。氷にも水蒸気にもなるんだから。
「そうだな」
 一切擦っていないからすぐに赤みも引くだろう、と続けられて今度はこちらが瞬く。
「そのために涙を拭かなかったのか?」
「ああ。他の貴族に泣き顔を見られて、弱みを握ったとでも思われると面倒だ」
 なるほど、貴族様も大変だ。泣くときにまで気を遣わなきゃいけないなんて。
「俺の前で泣くのは平気なのかよ」
「?」
 少し首を傾げて不思議そうにしている。
「こいつこの前泣いてましたー、って言って回るかも知れねえだろ」
「言い触らすのか?」
「いや、やんねえけど」
 だろうな、とうなずかれた。
「お前はそんなことをする人間ではない」
「……っ」
 その、お前の俺への信頼なんなの。なんかムズムズする。ぐしゃりと自分の後ろ髪をかき混ぜて変な感覚を飛ばそうとするけど、上手くいかない。
「それに」
「ん?」
「別に、お前になら泣いているところを見られても構わない」
「え」
 いつも通りの水分量を取り戻した空色が、こちらを見ながら少し細められるのが、やけにゆっくり見えた。


 ──あ。空が、笑った。


 2024/9/15 #3

9/16/2024, 9:27:48 AM

 ──君からのLINE

 LINE形式で書きたいと思ったので他の場所にて書き上げました。

9/15/2024, 5:26:06 AM

 ──命が燃え尽きるまで?

 
『この命が燃え尽きるまで、あなたを愛すると誓います』

 朝のニュースを見てそのままになっていた魔法鏡からそんな台詞が聞こえて、思わず本から目を上げる。
 四角い画面では、たぶんどこかの国の王女とその騎士が紆余曲折を経て結ばれた、という感動のシーンが流れている。近ごろ話題の連続ドラマだ。恋愛ドラマ鑑賞が趣味だという先輩が、俳優の演技が良いとか設定に凝りすぎだとか、褒めてるのか貶してるのかよくわからない評価をしていた。
「命が燃え尽きるまで、ね」
 今どきの恋人たちは、こういう台詞を言うんだろうか。この年になると世間の流行りに着いて行けなくて……なんて言うと若い人に鬱陶しがられそうだけど、少なくとも、若いと言われる年齢ではなくなった。
 自分には後輩が何人もできて、憧れの先輩はベテランと呼ばれるまでになって、局の新人だった友人たちは後進の育成に力を注いでいる。まあ、その割に前線に出てかなり活躍しているみたいだけれど。あの二人は今日も竜種の討伐で遠征中だ、まったく。体の自由が効かなくなってきた、って医局で湿布を貰ってきたと思ったら、その翌日に飛び出していくんだから手に負えない。

『それでは誓いのキスを──』

 ドラマは山場を迎えたようで、壮大な音楽が流れ始めた。大きめの音量を少し下げて、本にくたびれた栞を挟む。なんだか読書の気分ではなくなってしまった。
「んん……」
 軽く手を組んで背を反らすと、体のあちこちから骨が軋む音がした。ぎっくり腰は勘弁してほしい。ゆっくりと体勢を戻す。その拍子にちらりと時計が見えたが、昼食までにはだいぶ時間がある。

 さて、何をしようか。
「家事は終わったしなあ……」
 一人分の家事はすぐに終わってしまった。ぽすり、と二人がけのソファにもたれて考えを巡らせても、なかなか良いアイデアは思いつかない。散歩にでも行こうか、と窓の方を窺って、すぐに眉を落とす。
「……そうだった」
 今日はほぼ一日中弱い雨が続くとニュースで言っていた。何かすることは、と視線を彷徨わせていると、自然と魔法鏡が目に入る。
「ふむ」
 ここはひとつ、このドラマの台詞について考えてみるのもいいかもしれない。
 たしか、騎士が言ったのは「命が燃え尽きるまであなたを愛する」だったはずだ。これを自分たちに置き換えてみたらどうだろうか。
「んー?」
 困った。まず、この台詞を自分たちのどちらかが言う場面が想像できない。学生時代や働き始めたころならばいざ知らず、この年になると二人一緒にいるのが当たり前に感じられる。燃え尽きる瞬間というのが、日常からはるか遠いものなのだ。
 何より、命が燃え尽きる「まで」というのがわからない。燃え尽きたあとは愛せないとでも言うのだろうか。

 ――自分たちは、来世のその先まで誓っているのに?

 柔らかい色の照明に、左手を、正確には左の薬指を翳す。細身のプラチナリングには、互いの瞳の色をイメージした小さな宝石があしらってある。
 作った直後は、柄に合わずロマンチックなことをしたと恥ずかしさを感じたものだが、すっかり見慣れたものだ。そこに無いと、違和感すら覚える。
「ふふ、相変わらずめちゃくちゃだなあ」
 静かに指から抜き、リングの裏側を覗く。本来イニシャルや記念日が刻まれているだろう場所には、びっしりと魔法文字が刻印されている。この狭い場所にこれだけの魔法を刻んでしまう相手の才能には脱帽するしかない。しかも、知り合いに聞きながら、独学と感覚でやってのけたのだから恐ろしい。理論が破綻しているように見えて、しっかりと組み上がっているのだ。

 ああ、きっとこの魔法を呪いと呼ぶ人間もいるだろう。
 ある特定の二人の魂を結びつけ、生まれ変わっても相手がわかるようにする古代の魔法。重いなんてものじゃない。来世のその先まで、相手と自分を縛り付けるのだから。
 不格好に、けれども丁寧に彫られた文字を一通り眺めて指に戻す。
 これと似たような代物をつけている人物は、自分の周りに複数人いる。類は友を呼ぶ、とは良く言ったものだ。

『あなたと出会えてよかった――』

 騎士とお姫様のラブストーリーはいよいよクライマックスだ。
 誰がこの魔法を呪いと罵ろうとも、自分はこれを祝福だと喜ぶ。若い時の気の迷いなどではなく、命をかけた確信だ。相手も笑って頷くだろう。すっかり自分の好きな色の一つになった、あの鮮やかな瞳を細めながら。
「……あ、雨止んでる」
 深くに沈みかけた思考を中断して窓の方を見やると、朝から降り続けていた雨が落ち着き、わずかに晴れた空が覗いていた。
 ドラマはというと、エンドロールが流れ始めた。最後しか見ていないせいで話の流れは分からなかったが、なるほど主題歌はなかなかに好きかもしれない。遠征から帰ってきたら一緒に聞こうと誘うのも良いだろう。

 自分が刻んだ祝福の指輪とともに帰ってくる同居人を思いながら、永遠の愛を囁く歌に耳を澄ませた。
 
 

2024/9/14 #1