『真昼の夢』
かつて退屈だった時間の幸せに気付くというのは大人になった証なのだろうか。
大好きなおともだちとおやつを食べた。
大好きな先生が、絵本を読み聞かせてくれた。
そしたら今日も“お昼寝の時間”が始まる。
ほんとうは早くお外で遊びたいんだけどね。
いちばん仲良しなあの子のとなりにお布団敷いて、
先生がとんとんってしてくれて。
そうしてるうちにだんだん眠たくなってきた。
あの時、幼い私がどんな夢を見ていたのか、なにひとつ思い出すことはできない。
しかし、疲れたときにふと「戻りたい」と願ってしまう。
それほど穏やかで優しい夢を見ていたのだろう。
『二人だけの。』
母の車の助手席に乗って学校へ行き、母の車の助手席に乗って自宅へ帰る。
私は車から降りて母に言う。
「いってきます。」
母は明るい笑顔で私に言う。
「いってらっしゃい、今日も頑張れ!」
私はシートベルトを締めながら母に言う。
「ただいま。」
母は優しい笑顔で私に言う。
「おかえり、お疲れ様。」
車には母と私の二人だけ。
母の笑顔に、言葉に、なんど元気をもらっただろう。
なんど安心しただろう。
二人だけの時間がどれほど温かく、私にとってどんなに大切でかけがえのないものであるかを、改まって伝えるのは少し恥ずかしい。
だから、せめてこれだけは明日言葉にして伝えよう。
「お母さん、いつもありがとう。」
『夏』
無性にアイスキャンディーが食べたくなった。
コンビニで買ったそれを片手に僕はバスを待っていた。
今日、気温は34℃を記録した。
高く昇った太陽は世界をじりじりと照りつける。
雲ひとつない夏空がぼんやりしている僕を飲み込んでしまうのではないか、そう考えてしまうほど、果てしなく、恐ろしく青かった。
いっそ飲み込まれてしまえば良かったのかもしれない。
あるいは、ソフトクリームのように溶けて零れてしまえば良かったのかもしれない。
けれど僕は僕であるから、そうする事はできない。
変わりゆく季節に置いていかれたまま、この空に漠然とした寂しさを抱え、ひと夏を終えてしまうのだろう。
もし僕が、向日葵だったら。輝く太陽をまっすぐ見つめる、希望に満ちた黄色い花だったら。そう思って空を見上げても、やっぱり僕には燃え盛る太陽があまりにも眩しかった。
線香花火の火の玉があっという間に落ちてしまうように、過ぎていく日々は刹那である。
僕が散らした火花は一体誰が見ているのだろうか。
「あ」
手の甲にアイスキャンディーの雫が落ちた。
考え事をしている内に溶け出してしまったようだ。
僕は慌てて溶け始めたアイスキャンディーを口に含む。
その瞬間爽やかな青が広がった。
僕の恐れる青とは違う、透き通るような青だった。
線香花火のひと夏で、僕は向日葵になることはできない。僕の火花は誰も見ていないのかもしれない。
しかし、今この瞬間アイスキャンディーの雫がきらりと太陽を映して落ちたことは、僕しか知らない僕だけの青だった。
少し遠くで風鈴がちりんと鳴っていた。