凍える朝、駅前からタクシーに飛び乗って君のいる病院に向かった。
いつもの入口ではない場所を通り、エレベーターに乗る。
14階の部屋の前で深呼吸をしたあと、ゆっくり扉を開けた。
酸素のチューブはまだ鼻に入っていて、まるで眠っているかのような穏やかな顔の君。
ただ側にあるモニターだけが、いつもと違って沈黙を続けていた。
窓の外、ビルの窓ガラスに朝日が反射して、キラキラ光って綺麗だったな。
雲ひとつない、迷いのない青い空だった。
君がひとり静かに旅立った日のことを忘れないよう、ここに記す。
たくさんの愛をありがとう。
彼岸花が、ゆらゆら揺れて、ウロコ雲が空いっぱいに、ふんわりと浮かんでいる。
僕はスマホを取り出し写真を撮る。
スマホの中は君に見せたい写真で溢れ返っている。もう何枚撮っただろう。
どこで撮ったのかも忘れてしまったものや、君に見せても「何これ?」と全く興味を示してくれないだろうなと思うもの。
たいしたことのない写真ばかりだな。
「ねえ、見て!空いっぱいに龍のウロコだよ。手が届きそう!」
秋の訪れとともに、君の声がまた聞こえて来る。
キラキラどころではない、ギラギラ、ジリジリ、肌が焦げるのではないかと思うくらいの太陽が、今日もますます存在感を増している。
僕は水着になるのは恥ずかしいので、Tシャツに短パンの姿で、リクライニングチェアに横になり、時々ビールを飲む。
暑いな。暑いけど、いいもんだなと思う。
こんな時間も幸せだなーと思う。
マンションの小さいベランダで、スマホから流れる波音に耳を澄ませて。
玉結びが苦手で、家庭科の授業中うまくできなくて、泣きながら家でも練習していたことを思い出す。
母は横で見ているだけで見本を見せてくれる訳でも、手伝ってくれる訳でもなく、でも、うまくできた時ニコニコ笑ってくれた。
目には見えない糸の役割があるとしたら、それは、たくさんあるだろう。
長い歴史の中で、多種多様な糸が網目のように、どんな場所にも必要なことを伝達し、繋いでくれていたのではないかと思った。
私の糸は、どんな糸なんだろう。
母が繋いでくれた優しさを、私も誰かに繋いで行きたい。
繋いで繋いで繋いで、その先に何が待っているのかわからないけど、今できることから少しずつ。
届かないのに
思いっきり手を伸ばしている
つま先で立って背伸びまでしている
1番最初に触れたいのだろう
伸ばした僕の手も止められる
でも、やっぱり届かない
諦めたのか背伸びもやめて
僕を見てニコニコしている
エントランスでの
いつもの出来事
エレベーターのボタン
いつになったら届くのかな
その時、僕も大喜びするんだろうな