視界は閉ざされ、口には猿轡《さるぐつわ》。手足ともに、頑丈な縄で縛られている。
どこかもわからない場所で、私は椅子と同化させられていた。
下校時、ひとりで歩いていると、突然、クロロホルムの付着した布を口元に充てがわれて眠りに落ち、何者かに誘拐された。それが最後の記憶で、目覚めたらこのような状態になっていた。
誰が何の為に私を攫《さら》い、束縛しているのか。何ひとつ判然としない。
冷静に思考しているようで、その実、殺されるかもしれないという恐怖の波が、不定周期で襲ってくる。
それでも、下手に騒ぐことも、暴れることもしない。現在《いま》は無音だけれど、些細なものでもいいから情報を得る為に、全神経を注いで耳を研ぎ澄ます。
……シィィィンという冷徹な静寂と、幾許《いくばく》の時を格闘していたのだろうか。
重厚な扉の開く音がし、続いて複数人の足音が、室内に響き渡った。
悪事を働く組織に連れ去られたのだ、と瞬時に思った。計画的な犯行だったのだ。
恐れは加速し、焦りは頂点に達する。思考は混乱を極めた。
私にはどうすることもできない。身体中の力が、風船のように抜け落ちていく。
このまま殺されてしまうのだろう。私の十四年間の命は、直に幕を閉じる。
……そう、覚悟していた。
誰かが、私の背後に立った。背筋が、ゾッとする。
次の瞬間、私の視界を塞いでいた布が、その誰かの手によって取り除かれた。
目に映る景色に出せない悲鳴を上げそうになって、どうにかとどまる。
四名ほどの男性警官が、私の前に立っていた。背に立つ人も含めて、計五人。
猿轡も縄も解かれ、拘束されていた私の身体は自由になる。
安堵感のあまりに、私はその場に泣き崩れた。
よかった、本当によかった。恐ろしい組織などではなく、警察官で。殺されなくてよかった。たったひとつの希望は、存在していたんだ……
泣きながらそう思っていたのも束の間、現実への認識が追いつかないまま私は乱暴に服を脱がされ、その後、警官を装っていた男達に犯され続けた。
希望は一瞬にして、絶望へと変貌した。
際限なく湧く欲望は悪魔である。人には本来的にそれが宿っているため、「人=悪魔」という等式が成り立つ。天使など存在しない。世には悪魔だけが蔓延っている。
高次段階を目指すのは歴史の必然である、と言われている。進化論を踏まえると、それは正しいことだ。
では、人の欲望が進化するのは、他の生物や地球環境にとって優しいものなのだろうか。
違う、と僕は思う。お釈迦様みたいに欲を抑えたり、キルケゴールみたいに「あれか、これか」を選択したりすることのほうが、よほど生命の惑星《いのちのほし》に優しい。
現代において、それを実行できる人はほとんどいない。絶滅危惧種だ。
多くを望むのではなく、あるものだけで満足する。知足安分の精神を胸に刻んで生きていくことで、現在とは趣の異なる境地を拓くことが可能だ。
これを実現する人に溢れた世界になってほしい。