今年一年を振り返ってみる。どんな一年だっただろうか。
「書いて」では百作も書くことができた。それ以外にも書いているから、実際にはそれ以上書いている。
病気で休職していたが、三月の後半から復帰することができた。
精神的な病気。新型コロナウィルスの二度目の感染による後遺症による抑うつ状態。それからの職場復帰である。
死にたいと言う気持ちを抱えてきたが、それが薄らいでいるのも大きいだろう。
早寝早起きが身についた一年でもあるだろうか。薬の影響もあるがね。夜更かししたいとは思えない。
だが、悪夢を見たりしている。もう九年前のことなのに、前の職場でのことがアレンジを効かせてくる。
腹立たしいから、創作に活用してやったがね。
かつては痩せていたのに、過去最高の体重となってしまった。薬の副作用だろうか。
そのため、十二月の始めから運動アプリを始めた。今日で三十日到達である。
次は中級で三十日を目指そうか。
今年一年を振り返ると良くもあれば悪くもある。酸いも甘いも噛み分けた一年だっただろうか。
さて、来年はどんな一年になるんだろうか。今からが楽しみであるーー。
冬の定番の果物は何かと言われたら、みかんが圧勝するだろう。
こたつに合うのがみかんなのだから。みかん以外合う果物があるだろうか。
そう聞かれたら悩むのではないだろうか。
炬燵にみかん。定番である。冬の鉄板でもある。
みかんの筋は取る派か。それとも、そのまま食べるか。色んな派閥がある。
私は皮を剥いたら、分割してそのまま食べる。丸呑みはしない。喉に詰まる危険があるから。
みかんの剥き方とて、色々ある。普通に花びらを剥くように剥くのもある。
しかし、私は遊び人である。ゆえに剥き方も遊ぶ。
リンゴの皮剥きのように細く長く剥く。そして、くるくると巻いて花にする。みかんの薔薇の完成だ。
結局はゴミ箱行きになるのだがね。
みかんを含む柑橘類の皮は干すと陳皮と言う漢方薬の一種になるらしい。ハーブの本に書いてあった。
後は皮を煮出すように風呂に入れれば、みかんエキスの入ったみかん風呂。
効能はどんなものがあっただろうか。AIに聞いてみる。
何でも、血行保進と保温効果。リラックス効果に美肌効果。デトックス効果に風邪予防まであるそうだ。
乾燥させた物を使うことによって、より効果が高まるそうである。
みかんは美味しいだけじゃない。様々な効果が期待できる。みかん様々という感じだな。
しかし、残念ながら私の家にはみかんが無い。炬燵も無い。電気毛布は有るがねーー。
学生はクリスマス前後から年始過ぎまでの長期の休み。他の会社でも一月の月曜日までは休みのところもある。
けれど、別の職場ではそんなに多くは休めない。お客様がいつもいる現場ではとくにそうだろう。
子供にとっては楽しいことだらけの冬休み。学生、特に受験生にとっては追い込みの期間。油断していると足元を掬われてしまいかねない。まさに油断大敵な時。
大人になり、働くものにとっては、年に数回ある長期の休み、それが冬休み。
私にとっての冬休みはいつもと変わらない。年末まで働いて、一日休んで、二日にまた働いて休んで。いつもの日常の繰り返しでしかない。
去年までは病気で休職していた。ワンシーズンも休んでしまった。社会人になってから初めての長期休暇でもあった。給料は入ってこなかったけども。
今年はどうやって過ごしていこうか。仕事の合間を縫いながらの休みを。
行きの電車は空いているのだろうか。それとも人で満ちているんじゃないだろうか。その時になってからじゃないと分からない、
帰りの電車は空いているのだろうか。それとも人で満ちているんじゃないだろうか。祝日扱いになるから分からないが。
冬の寒さが深まるこの季節。病気にならないよう気をつけよう。
病気による休みの延長は望んでいないのだからーー。
寒い時には手ぶくろを着ける。温かさを得るために。ホッカイロも良いけども、温もりが手ぶくろにはある。
昔、100円均一で買ったものだけども、物持ちが良いのか何年も使えている。
黒い手ぶくろやグローブも良いけど、コートに合わせたら全身黒尽くめになってしまう。
名探偵コナンに出てくる真犯人のシルエットじゃあるまいし。冬の夜だと見分けが付かない。
だから、白い手ぶくろを着けるのだ。スマホやタブレットに対応したものを。白と黒のコントラストとして。
冬の朝に、冬の夜に手ぶくろを着けて手足を温めながら歩いて行く。目的地へと向かいながら。
冬の風物詩。それが手ぶくろ。様々な色で手を寒さから覆うもの。寒さで赤くなった手を、肌色に戻し維持するためにーー。
すべてのものは変わりゆくもの。どんなに不変であっても、時が流れれば変わりゆく。
変わらないものなんて無いのだ。どんなに盤石のように思えるとしても。
すべてのものは変わっていく。良い方向か悪い方向かは誰も分からないが。
かつての無価値は、今では価値を持っている。逆もまた然り。
変わらないものなんて存在しないのだ。どんな物でも人であっても。
変化の波に乗るか否かで変わってくる。どんな波なのかは見えることは難しいものだが。
その波に乗ることができれば、変化することはできるだろう。良い方向への変化ならば良い結果へと向かえることができるのだから。
しかし、悪い方向への変化は止めたほうがいい。その方向は間違いなく堕落へと向かうものであるがゆえに。
誰もが変化の波が訪れる。その変化の波を退けるか受け入れるかは、その人次第となるだろう。
大きな変化かもしれない。小さな変化かもしれない。大変になるかもしれない。
しかし、すべての変化を退けることはできない。乗るか呑まれるか。道は二つのうちのどちらかでしかないのだから。
引き起こせる変化もある。誰かによって引き起こされる変化もある。すべての変化をコントロールすることはできないもの。難しいのだ。
恋も変化すれば愛となる。愛も変化すれば友情となる。変わるからこそ価値が生まれる。変化しなければ何も変わらない。
すべてのものは変化している。時代が流れるかのように。
止まることのない変化。それは流動的なもの。流れゆく水のように留まることを知らないーー。
ーー人間が作り出す盤石はやがて限界が訪れるもの。
当時は良いものであったとしても、時が流れていけば変わってしまう。
不変なものなんて、人間の手では作り出せることはできないもの。作り出せるとしたならば、それは傲りそのものでしかない。
歴史という大海において、人間の舟はただの小舟に過ぎないのと同じようにーー。